第49(新生174)回訪問活動 (2015/01/31) レポート〈阪神淡路大震災20年「希望の灯り」とともに,長田の借り上げ復興住宅へ〉

UR賃貸住宅/借り上げ復興住宅・フレール長田 訪問活動を終えて毎度This is 神戸・週末ボランティアをご覧くださいましてありがとうございます。神戸・週末ボランティア新生では,「1.17」を忘れない!「希望の灯り」とともに 2015の3回目として,はじめて長田区内の復興住宅に伺いました。
 
1月は,2013年2014年と同じく,東遊園地の一角に灯る「希望の灯り」の分灯を持って訪問させていただいていますが,なるべくなら,これまで伺っていない新たなところへと考えてきました。阪神淡路大震災20年の今2015年の年間テーマとして「震災ボランティア、二十歳の原点」を掲げ,継続の中にも,たえず新しい取り組みにチャレンジする姿勢を持ち続けることを心がけています。

リフレッシュスタートして以来,新たな活動主体のもとでの復興住宅訪問活動は,神戸市営住宅を中心にしてきましたが,2015年度中から数年のうちに,相次いで「返還期限」が迫りつつある「借り上げ復興住宅」への取り組みも,重要かつ喫緊の課題であると,かねてから準備はしていました。

2015.1.31予告ビラ早いところでは,既に大半の被災住民の方が転出したところも少なからずあり,取り組み開始に出遅れてしまったところがあることは,率直に認めざるを得ません。その一方で,まだ大半の被災住民の方が住み続けている住宅があることも解っています。

そこで,2013年12月に,旧グループで伺ったお宅への再訪問を準備する中で対話を実現し,2014年1月第2週に,やはり「希望の灯り」とともに廻らせていただきました。

今回は,まったく新規に,復興住宅に伺うことにしました。場所は長田区です。

阪神淡路大震災で炎上した映像で知られる長田区ですが,旧グループもふくめ,まったく訪問活動をしたことはありませんでした。

阪神淡路大震災20年で初めての長田区での復興住宅訪問活動となりました。

この日の訪問活動にあたっては,他の行事との兼ね合いや,主宰者の都合などから,事前準備が遅れ,詳細が直前まで決められなかったことから,プレスリリースも行わず,1月分のフライヤーでも概要を記したままになってしまい,このブログのほか,Yahoo! JAPAN 登録純正サイトThis is 神戸・週末ボランティアや,MixiコミュニティMixiページFacebookページTwitter - welove_kobeといったSNSから,案内させていただきました。

予告ビラの投函は,訪問前日の午後に,常連メンバーとともに行いました。

訪問活動当日は,さらにフレッシュなメンバーも加わり,ともに新たな場所へのチャレンジとなりました。

UR賃貸住宅/借り上げ復興住宅・フレール長田 寒風の中で高層階への訪問を続ける訪問した住宅,フレール長田は,全100余戸のUR賃貸住宅で,旧来の公団住宅を隣接地に建て替えて,従前入居者が引き続き入居しているほか,7~8割が,借り上げ復興住宅として,神戸市が20年期限で借り上げて,被災者に提供しています。従前入居者,被災入居者,新規入居者のいずれにかかわらず,何度かに渡って,全戸に伺うことにしました。

そのうち,1月に当たる今回分は,「希望の灯り」とともに伺いました。

市街地にありながらも,近接する高層建築物があまりないことから,上層階へと進む中で,いっそう寒さが身に染みる状況になりました。そこで一時,近隣の喫茶店で休憩して,暖を取り、談笑しつつ,予定したお宅への訪問を続け,予定時刻をやや過ぎて,夕暮れ時になっての終了となりました。

終了後は,住宅近くに在る,長田中央市場の空きスペースで,暖を取りつつ,集約のミーティングを行いました。

新たな出会いに感謝です。

こうして,オープニングとして,1月10日に,「希望の灯り」採火式に臨んでスタートした当ボランティアの,1月のスケジュールは,11日18日のベルデ名谷(垂水区)への訪問に続いて,長田区での訪問を,成功的に実現できました。クロージングは,とくに行いませんでしたが,翌2月1日には,「伝えよう減災・絆 帰ってきた音楽喫茶」に,主宰者個人がお手伝いさせていただきました。


この日うかがった概要です。

・60代男性。一人暮らし。長田区で全焼。家屋が密集しているところだったので,焼けてしまった。震災直後に焼けたのではなく,風が吹いて延焼してきたわけでもなかったが,電気が通るようになってから,その製で発火したものだった。近所でたくさん亡くなった。焼けた人を次々見つけるところもあれば,シャッターが頑丈で開けられず救助できなかったりしていた。生き残る人は生き残る,つきのない人は死んでいった…。避難所になっている,学校の体育館に行ってみたら,近くの人が場所を占拠していたり,小便臭かったりした。子どもがところ構わず用を足していたようだ。カップ麺ぐらいの食事で帰ってきた。ボランティアは,自分は正義の味方で,何をしてもいいと思っているようなのがいた。NPOは,近くの人にきちんと分配していなかったり,苦労した物資の行方が気がかりで,あまり信用できない,いい加減だと思って来た。仮設住宅は,3月ぐらいから申し込んだりして,10月ぐらいにに入れた。須磨区内だが,被災場所やこの復興住宅からも遠くない場所だった。この復興住宅に入居して16年。同じ住宅に高齢男女の尊敬している友人がいて,それぞれ住居問題や,冠婚葬祭について,頼りにしている。職人には定年がないが,労基署や社会保険庁によく行った。被災後の生活再建支援について,神戸市長に上申書を送ったこともある。長くマジメに生きてきた。震災後人が変わったと言われる。震災で人生の目標が変わった。震災は悪いことではないと考えるようになった。何でも自分でするようになった。勉強になった。ウォーキング,腕立て,腹筋などをしていて,体調管理はばっちり。最期はコロッと死にたい。人間は追い詰められないと決心がつかない。仕事と寝るところがあれば立ち直れる。人は人,自分を持つと,自律することが大切。頭がぼけたら施設行きになるのはイヤだ。被災者が造る形で復興してほしい。この住宅は,旧公団(UR)から神戸市が20年期限で借り上げたもので,20年経てば出て行かなければならない。今のところまだ4年あるし,退去要請は特にないが,後2年ぐらいしたらいろいろ言われるだろう。身体が悪い人や高齢の人がこのまま。しがみついても仕方がない。また(新しいところへ)行ってもええことあるかも。支援物資で貰った古着のジャージを着て出てこられた。<玄関前でお話し伺い>

・80代女性。長田区で全焼。近所の9軒が全焼した。震災ではたいへんな思いしてるから…。運動場で一晩過ごした。その後,兄弟の家に身を寄せた。風邪をこじらせ,肺炎になって入院したことも。この住宅に入居して10年以上。震災後,腰痛が悪化し,今では,普通の痛み止めでは効かない。デイサービスに2ヶ月ほど行ったが,行くのは難しいと,医者にも言われている。同じ年寄りに痛いとは言えない。長い道は歩けない。外出はあまりしない。行くのは病院ぐらい。ヘルパーは頼んでいない。買い物は押し車の歩行器で。楽しみはテレビを見たり,友達と電話したりすること。震災の頃は息子も元気で,運動場を一晩中巡回したりしていた。巡回したあと知人と横になっていたが,その人も後に亡くなった。息子もこの住宅に来た年の12月に亡くなった。みんな先に逝く。近くにいる娘が来てくれる。病院のついでに食事も買ってきてくれる。具合が悪いと,娘の家に行くとちゃんとしてくれるが気を遣う。やっぱり自分の家がいい。自由にできるし。この住宅は,旧公団(UR)から神戸市が20年期限で借り上げたもので,20年経てば返還期限になるが,自分の場合は,年齢条件から,出て行かなくていいようだ。若い人はたいへん。

・80代女性。長田区で一部損壊。「今日は体調悪く、休んでいますので…文書にて。○震災の時、当時病院勤務(介護職)していたので、搬送されてくる患者さんも多く、受入側の看護婦、介護は少なく…ずっと泊り込みで介護職として働きました。○家の方は、娘(1人)が、彼女の友達の助けで、片付けて、なんとか生活を取り戻しました。○この住宅は、災害復興住宅として、市がURから借り受け,市営住宅として、震災後20年契約で入居したものです。契約期間が過ぎた住宅で、転居問題(西宮市の方)が色々起きているニュースを見ると、とても不安です。○又、一昨年,交通事故に遭い、7ヶ月余り●●へ入院、又皮膚病で●●へ40日間入院と、色々ありました。○このマンションは管理人さんも無く、助けて欲しい時は、今迄友達に連絡を取って、助けてもらっていました。ボランティアの人に至急連絡をとり、急な時助けて貰うことは出来ないでしょうか、(勝手なことを云って済みません。」<自身でシート記入>

・70代女性。兵庫区で被災。とくに被害はなかった。民間賃貸住宅からこの住宅に入居して2年。もうここには慣れた。UR賃貸住宅として普通に入居した。市営住宅に入りたかったが,なかなか当たらない。地方に居る母を引き取りたいと思って申し込んでいたのだが。身体は大丈夫。困っていることと云えば,仕事が無くなったぐらい。年金生活になると,ここの家賃がたいへん。<ドアを開けて応答>

・70~80代男性。一人暮らし。被災後,すぐ当たったという北区の仮設住宅で5年目まで過ごした。この住宅に入居して17年。ここの生活には慣れた。身体はがたがた。ヘルパーは頼んでいない。(ここには借り上げ復興住宅として入居しているが)市からはまだ何も言われていない。他に行くところはない。<インターホン越しに応答>

・30代?女性。この住宅に入居して5年。UR賃貸住宅として入居。地震の時は特に困ったことはなかった。いそがしいので…。<インターホン越しに応答>

・30代男性。この住宅に入居して3年。愛知出身で,就職して神戸にきた。<インターホン越しに応答>

・70代?男性。「忙しいので…。日を改めてほしい。」<インターホン越しに応答>

・40代女性。「けっこうです」<インターホン越しに応答>

・少年。「うちの人いない。解らない。」
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 神戸
ジャンル : 地域情報

tag : 阪神淡路大震災 ボランティア 神戸 支援 訪問 傾聴 復興住宅 長田 借り上げ復興住宅 希望の灯り

コメントの投稿

Secre

プロフィール

神戸・週末ボランティア 新生

Author:神戸・週末ボランティア 新生
 
We love KOBE Weekend Volunteer

神戸・週末ボランティア 新生の純正ブログです。

神戸・週末ボランティア 新生は、宗教や政党などまったく関係のない民間のボランティアです。寄付や署名の要請、投票依頼、販売行為などはいっさいしませんので、ご安心下さい。

お問い合わせ、ご相談、参加申込などの
メールはこちらからどうぞ。

メールお待ちしています。


当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

ご案内とお誘い
 
1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

This is 神戸・週末ボランティアYahoo! JAPANカテゴリ登録
されています。

Twitter - welove_kobe
MixiコミュニティMixiページ
掲示板FacebookページGoogle+Instagram
もよろしく!

おことわり
類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



カテゴリ
Twitter
Facebook
最新記事
月別アーカイブ
リンク
検索フォーム
QRコード
QR