第47(新生172)回訪問活動 (2015/01/11) レポート〈阪神淡路大震災20年を「希望の灯り」とともに,仮設・復興住宅訪問通算614回〉

神戸市営住宅・ベルデ名谷×「希望の灯り」毎度This is 神戸・週末ボランティアをご覧くださいましてありがとうございます。阪神淡路大震災から20年の年となりました。

神戸・週末ボランティア新生では,今年も,三宮・東遊園地の一角に灯る,「阪神淡路大震災1.17希望の灯り」の分灯の採火式に参列し,翌日から「希望の灯り」とともに,新たな年復興住宅訪問活動のスタートとしました。
 
「1.17」を忘れない!「希望の灯り」とともに 2015のテーマのもと,今年最初の訪問先の復興住宅は,一昨年秋から取りかかり,昨年1年間を通じて行ってきた,垂水区の山中にある神戸市営住宅・ベルデ名谷です。ここには,昨2014年1月にもまた「希望の灯り」とともにお訪ねしているので,2年続けてとなります。「希望の灯り」の分灯をロウソクに移し,ランタンに入れて,一緒におじゃまする以外は,通常の訪問活動-「お話し伺い」と同じです。

神戸新聞2015/01/09 神戸・週末ボランティア新生 復興住宅訪問 「1.17」を忘れない!「希望の灯り」とともに 2015そこで昨年とは別の箇所をと思いましたが,被災された高齢者が比較的多いところをお訪ねすることにした関係上,一部は昨年と同じ棟になりました。

「希望の灯り」この日訪問させていただくお宅には,前々日1月9日に,「予告ビラ」を投函しました。主宰者ら参加者の都合で,夕方から夜にかけてになりました。また,同じ日の「神戸新聞」朝刊紙面の「掲示板」欄で,翌週分とあわせて,ご紹介いただきました。

翌12日を成人の日とする3連休の中日とあって,他にも震災関連の行事も少なくない中での訪問活動日設定となりました。11日は,午前中,主宰者が「こうべiウォーク2015」に参加したあと,午後から訪問活動に充てたほか,他の参加者の都合もあって,訪問開始を遅らせました。お待たせした中にあっても,貴重なお話を聞かせていただき,感謝に堪えません。

予告ビラ:未訪問をお詫びして翌週にあわせてお詫びしなければならないのは,この日に訪問を予定していたお宅のほとんどを廻りきれなかったことです。終了予定の17時を2時間過ぎた19時で,訪問を打ち切り,翌週の18日に改めてお伺いする旨を記した「予告ビラ」を投函し,現地をあとにしました。

近年,とりわけ東日本大震災以降,社会的関心が移っていく中で,あえて「「息の長い支援」は神戸から」と,歩みを続けてきた当ボランティアでは,阪神淡路大震災20年の今2015年は,年間テーマ「震災ボランティア、二十歳の原点。」のもと,初心を忘れず,これまでの被災地に根ざし,これまでの被災者に寄り添い続けたいと思います。

ご参加,ご協力いただいた皆さんをはじめ,弊サイトThis is 神戸・週末ボランティアや,MixiコミュニティMixiページFacebookページtwitter - welove_kobeを通じてご縁をいただいております,すべての皆さんとともに,成果を分かちあえますことに感謝したいと思います。


この日伺ったところの概要です。

・80代女性。須磨区で全壊。近くの学校の避難所に行ったのが遅くて,座る場所すらなく,北区の知人宅で1~2ヶ月過ごした。北区の仮設住宅では5年目まで過ごした。冬は雪が積もって,通勤する人がよく転んでいた。屋根の傾きや凹みがハッキリ見えるようになった。住むところがないことが情けなく哀しくなった。仮設住宅にいる間に,色々な病気になった。医者も近くになく,頼る人もなく,ハイヤー呼んでいくのも…。テレビばっかり見て外出しなくなったから,足が弱った。普通にしていたら普通の身体だったのに。そうした中で,最後のお金で病院に行った感じだったのに。この復興住宅に入居を申し込むとき,見に来たが,入口の坂はたいしたこと無いと思っていたが,後々になってたいへんになってきた。まだきれいだったので,あとあと掃除がたいへんになるとは考えずに入居した。それで困っている人も多い。重くて大きな音を立てだけの掃除機ではキレイにならず,畳も汚れてきた。この復興住宅に入居して16年。昨年の夏,神戸市からの調査で,昔のことまで遡って,厳しく細かく,根掘り葉掘り聞かれて,いやな思いをしていたので,最初,予告ビラを見たときは,民間である当ボランティアの訪問も,無視しようかと思ったが…。特にこのフロアは近所づきあいがない。あいさつ程度で,何かあったときに宛にしていいのか迷っている。人とのつきあいがなくなると「耳が悪くなる」。歩かないとバランスが悪くなる。電話番号とか数字が覚えられない…。たくさんの人とつきあおうとしたが,友だちも少なくなってきた。長く神戸で暮らし,人に頼らないで,自分のお金で生活しようと色々準備して,がんばってきたが,震災で,そのためのお金を全部使ってしまった。返してほしい。考えに考えてやってきたが,足りないやろなぁ。今さら,震災のことを聞かれても腹が立つだけ。知人が体験していて,関心を持って原爆資料館を見学したことがあったが,広島の原爆などでもそうだろう。子どもの頃経験した戦争の方がもっと大変だった。また,戦中より戦後の方がたいへんだった記憶がある。初めあったものがなくなっていくのは心細い。若くして放り出されるのよりも,年をとってから少し残っているだけの状態で放り出されるのが辛い。もう少し若ければ何とか出来たのに。お金などが減っていくのが心細い。一人になるといっそう気持ちが塞ぐ。若い人に体験を聞いてもらってもしようがないのではと思う。情けなくなる。取り返しのつくことなら…。最低10年は経たないと復興できないと思っていたが…。字を読むのが好きで,新聞などは隅から隅まで読んでいたが,視力が低下してきたので,最近は読みにくい。この復興住宅の入口の坂もたいへんで,2~3回転んだ。買い物は2~3日に一度,まとめ買いする。1月に1度くらいは,垂水経由で明石まで知人に会いに行く。退院してから1年ほどになるが,最近もめまいがして,買い物の途中で帰ってきたことも。風邪と食事には気をつけている。なるべく歩いて,少しでも元気にと思っている。何でも一人でするようにしている。被災して入居した高齢者らが亡くなったあと,色々な人が入ってきた。東日本大震災は,こちらの阪神淡路大震災よりもっと大変だろうし,復興までもっとかかるのは分かるが,文句いうのはどうも…。福島原発事故には同情する。80にもなってこういう生活になるとは情けない。震災からこのかた使ったお金を返してほしい。話して少しはスッキリした。

・70代女性。灘区で全壊。マンションに住んでいたが,隣の家が倒れかかってきた。仏壇やテレビも飛んできた。タンスが倒れきて左足を2ヶ所骨折した。がれきを拾って杖にして避難所に向かっていたところ,途中で背負われていったが,みるみる晴れ上がり,ゾウの足みたいなっていた。病院にも連れて行ってもらったが,十分な処置してもらえなかった。今は大丈夫。娘が,普通なら3~4時間で来られるところを,十数時間かけて,駆けつけてくれた。灘区内の避難所で4ヶ月ほど過ごした後,北区の仮設住宅へ。山上で坂がたいへんだった。新開地でうどん店を経営していたので,40分かけて通っていた。腰痛にも耐えて仕事していた。この復興住宅に入居して15~16年。ここは,もう入れないと思っていたときに,4回目の抽選でやっと当たった。仮設住宅に入っていたからここへ来られた。引越には息子・無目が来てくれた。ここへ来てからも,車などが来て揺れたりすると,地震を思い出し,足の痛みや後遺症に悩まされた。最初はまっさらで気持ちよかったが,震災から20年目も経つと…。暑いのはダメ。寒さ,冬は大丈夫だが,外出時にはマスクをして帰宅したらキレイキレイで手洗いする。この復興住宅に来て脳梗塞になったとき,近くの病院に行ったら,たまたま週1~2回しかいない専門医がいて処置してくれたので,後遺症もなく軽くてすんだ。入院中,「あんたがいたら明るくなる」といわれた。今もちゃんと薬を飲んでいる。「杖ついてへんのエライ」と医者に言われる。安心のため杖を備えている。いつも感謝している。ぼけないようにと思う。ぼけた生活できない…。買い物は住宅近くのスーパーへ。お米を5kg買ってきて2ヶ月もたせている。近隣とも親しくしているほか,階下に同い年の友人がいる。

・80代女性。垂水区で被災。被害は特になかった。この復興住宅に入居して13~14年。一般で普通に抽選で入居したので,被災して入居した人より2年ほど遅れてここへ入った。暑さ寒さもあるが,注意しているので,80過ぎても医者いらずの生活ができている。朝はトーストとコーヒーを戴き,仏壇にお供えをし,「80過ぎて物忘れがひどくなって,書いておかないとダメ,困っちゃう」と,その日にすることを紙に書いて確認している。生ものや油ものは食べないようにしている。毎日1時間は歩くようにしている。この復興住宅の同じ棟に友人もいて,一緒に出かけることもあるが,わりと一人で行動していて,今でも一人は苦にならない。かつては22~23年,三宮で喫茶店を経営していて,4~5人のパート女性を雇っていたほか,子どもを背負って子連れで働いていた。立ち仕事な上,子どもができていっそうたいへんだったが,そのおかげで,今こうして元気でおらせてもらっていると感謝している。時々電話して,その息子と垂水まで食事に行く。親子で気持ちが安らぐ,安心。

・50~60代女性。「よかったです。大丈夫です。」<インターホン越しに応答>
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 神戸
ジャンル : 地域情報

tag : 阪神淡路大震災 ボランティア 神戸 支援 訪問 傾聴 復興住宅 垂水 希望の灯り

コメントの投稿

Secre

プロフィール

神戸・週末ボランティア 新生

Author:神戸・週末ボランティア 新生
 
We love KOBE Weekend Volunteer

神戸・週末ボランティア 新生の純正ブログです。

神戸・週末ボランティア 新生は、宗教や政党などまったく関係のない民間のボランティアです。寄付や署名の要請、投票依頼、販売行為などはいっさいしませんので、ご安心下さい。

お問い合わせ、ご相談、参加申込などの
メールはこちらからどうぞ。

メールお待ちしています。


当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

ご案内とお誘い
 
1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

This is 神戸・週末ボランティアYahoo! JAPANカテゴリ登録
されています。

Twitter - welove_kobe
MixiコミュニティMixiページ
掲示板FacebookページGoogle+Instagram
もよろしく!

おことわり
類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



カテゴリ
Twitter
Facebook
最新記事
月別アーカイブ
リンク
検索フォーム
QRコード
QR