第44(新生169)回訪問活動 (2014/11/16) レポート〈やはり今こそ「息の長い支援」は神戸から,仮設・復興住宅訪問通算611回〉

ベルデ名谷 急斜面の紅葉毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧くださいまして,まことにありがとうございます。

そして,阪神淡路大震災20年を控える中で,新たに,或いは今一度,これまでの被災地・被災者に関心をお寄せになり,このページをご覧くださっている方もいらっしゃると存じます。改めてご挨拶させていただきます。これからもよろしくお願いいたします。
 
不定期でささやかな活動となりましたが,新たな活動主体・神戸・週末ボランティア 新生では,2014年の秋~冬季も,「忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸から」というテーマのもとで,この秋~冬季も,阪神淡路大震災の被災者が暮らす,神戸市郊外の復興住宅(神戸市営住宅・ベルデ名谷,垂水区)への訪問活動をさせていただきました。

ベルデ名谷 7番館低層部入口やや雲が目立つ天候ながら,一応好天に恵まれましたが,例年より冷え込みが早く,出歩く方をお見かけすることが少ないように思われました。この日も,前日と同じ棟・ブロックを訪問させていただきました。お住まいの方々の傾向・特徴としては,共通しているでしょうが,土曜日と日曜日とでは,違った状況となり,ここでは,土曜日の方が都合がよかったのではと思うところもありました。

この復興住宅では,土曜日・日曜日と続けて,ほぼ同一箇所を訪問させていただいてきましたが,概して,土曜日の方が「お話し伺い」に都合がいいという方が,若干目立つようにも思われました。

今季は,従来より少し訪問戸数を抑え,予定時間内に終わるよう配慮しました。この日は,予想より留守宅が多かったこともあって,予定していたところを一巡した後,時間が余ったため,留守だったお宅に再度廻ってお声がけし,何軒かで「お話し伺い」をさせていただくことができました。

こうした再巡回は,この復興住宅では初めてのことですが,以前お訪ねしていた神戸市営筒井住宅(中央区)では,厳寒・荒天の時などに何度かありました。

阪神淡路大震災から20年、追悼行事はこれで最後に。ベルデ名谷連絡協議会この日はまた,阪神淡路大震災20年を前に,今度で追悼行事を最後にするとの張り紙がを目にしました。盆踊りなどの行事も数年前になくなり、この追悼行事もごくわずかの人によって担われているだけだったのですが…。

高齢化や後継者不足などが理由に挙げられていますが,数百の被災世帯がある中,震災や追悼への思いはみなそれぞれで。被災場所から離れたこの地で行事をする意義もまた問われていたと言えるでしょう。

予定時間より少し早く終わったので,引き続いて,3週間後の12月6日・7日に訪問予定のお宅への「予告ビラ」投函を行いました。

この夏7月8月及び,今シーズンに行ったように,訪問活動準備のなかで,対話を実現し,「お話し伺い」になっていくのが,もっとも効果的なのですが,ここでは,現地入りのためのコストが,市街地中心部よりもかなり高くなっている現状があり,とりわけ4月の消費増税以降は,いっそうの負担になっています。そこでやむなく合理化させていただくことにしました。

ご参加,ご協力いただいた皆さんをはじめ,弊サイトThis is 神戸・週末ボランティアや,MixiコミュニティMixiページFacebookページtwitter - welove_kobeを通じてご縁をいただいております,すべての皆さんとともに,成果を分かちあえますことに感謝したいと思います。

来月の訪問活動まで3週間,それまでごきげんよう。


この日伺ったところの概略です。

・60代女性。夫婦2人暮らし。垂水区で一部損壊。地震の時はかなり揺れて,飛び起きた。自分が,倒れてきたタンスを押していなかったら,当時高校生と中学生だった息子達は,2人とも死んでいただろう。この復興住宅に入居して16年。このフロアではいちばん早くに入った。少しして他の人も入ってきた。仮設住宅には行かず,ここには一般入居だった。子どもが大きかったのが,ここへ来た理由のひとつだったが,その子どもたちも,大学を卒業し,独立して出て行った。それまで20数年間,毎朝3時に起きてお弁当を作る生活をしていたが,やめてからガクッと来た。それまで気が張っていたのだろう。身体はこわしていない。今でもまだ週2回仕事に行っている。子どもたちは学生時代に,近くにあったお好み焼き店でアルバイトをしていて,賄い付きでよくしてもらった。ここへ来てビックリした。坂道があるし…。今までにこのフロアで9人の方が亡くなった。部屋が空いても後の人が入ってこない。みんなこの坂道を見てやめていくみたいだ。階下の駐輪場に置いていたら,買って1週間の単車が盗難に遭った。盗難保険をかけておいたので,不足分を足して代わりを買った。以来,部屋の前にあげている。使わないと調子が悪くなるので,週2回はエンジンをかけて乗るようにしている。夫婦2人だけの生活になった,これからの生活が不安…。5年ほど前までは盆踊りもあったし,週2回野菜の移動販売が来たりしていたが,最近はそうしたものもなくなった。(この復興住宅の集会所で行われてきた)追悼行事が今度で終わりになるが,これからもあればと思う。民間のボランティアである旨を説明したら,「聴いてくれてありがとう」との言葉を戴いた。<玄関前でお話し伺い>

・70代男性。長田区で全焼。気が付いたら火の海だった。逃げることしか考えられなかった。幸いケガなどはしなかった。近くで避難できるところがなく,歩いて神戸市役所まで行って寝た。1~2日してから,大阪へ向かった。十三大橋を境に,被災状況が全然違っていて,大阪では普通の状況だった。西成のドヤ(簡易宿泊所)で10ヶ月過ごした。知人の伝手で行ったものの,仕事はできず,明日のドヤ代にも苦労した。義捐金やら何やらで食いつないだ。4回にわたって支給された義捐金は何とかちゃんともらえた。サンテレビで情報をチェックして,仮設住宅入居の情報を知った。北区の仮設住宅へ入居,ここで4年過ごした。足が悪く,出歩くことはほとんどなかった。バスで買い物に行ったりできたが,その時はまだあまり年がいってなかったので,苦にならなかった。この復興住宅に入居して15~16年。できてすぐ入った。1回の申込みでここへ入れた。1度の申込みで何カ所かに申込みができたのだが,ここはいちばん来たくないところだった。いちばん行きたかったのは岩屋で,そこは大阪に行くのにも便利だから。第2希望は西神南で,この復興住宅とどっちでもいいと思っていた。ここには事前に1度見学に来たが,こんな山の高いところに造られているのを見てびっくりした。<玄関でお話し伺い>

・70代男性。兵庫区で全焼。自宅のある一画が焼けてしまった。かなり危なかったが,何とか逃れて,別の通りまで避難した。仮設住宅は西区へ。ボランティアの訪問を受けた記憶はない。仮設住宅からここへ来るとき,自分よりもまだ遅くまで残っている人もいた。ここに入居したのは,できてすぐではなく,少し経ってからだったが,それでもやや早かったかとも思う。もう慣れてきたとは思うが…。坂道はたいへん。仮設住宅もそうだったが,この復興住宅も,荒野みたいなところだ。来た当時はまだなかったが,ここ5~6年で,近くに店ができて,買い物はだいぶ楽になった。自分で一応ちゃんとできている。この部屋は,西日がさすので,夏にはかなり暑くなる。しっかりしたカーテンで防いでいるが…。月がものすごく大きく見えるのはいい。身体はこれといって異状はない。取り立てて今困りごとはない。この復興住宅もできてから十数年経っているが,あちこちにひびが入っているのが目につく。万が一のことがあると思うと,心配になる。一人暮らしで,ヘルパーは頼んでいない。買い物にはバスとかを利用。

・10代女性。この復興住宅に入居して1ヶ月。近くのスーパーに買い物に行くが,まだ慣れていない。地震の時は生まれていない。ここへ来る前は北区にいたので,地震の時のことはあまり聞かなかった。学校でも震災のことはあまり習わなかったし,避難所にもならなかったようだ。身体はとくに問題なく元気。(小さな子どももいるので)これからここで,保育園や学校などの情報収集をしなければと思っている。<玄関に出て応答>

・40代?女性。訪問販売の勧誘がしつこくて困っていたところ。断っても断ってもまた来るし,クレーム入れても…。不幸があったばかりで,そっとしてほしいところなのに。故人は被災してこの復興住宅に入居したが,(暑さや寒さで体調を崩したり,「孤独死」したりしたのではなく)前から身体が悪く,手術とかも繰り返していた。<ボランティアの訪問の趣旨を説明。インターホン越しに応答>

・70代男性。北区で被災。この復興住宅に入居して14年。ここには一般入居で来た。地震の時はとくに被害もなく,ケガもしなかった。足もとがふらつくが,検診ではとくに異状なしとのことだった。もう●歳,悪いところはあちこちや。テレビでフィギュアスケートを観ているところ,とのことなので,手短に切り上げ。<玄関先でお話し伺い>

・70代?男性。この復興住宅に入居して5~6年。一般入居だが,地震の時は全壊した。被災場所はよく覚えていない。今特に困っていることはない。ちょっと今,用事してるので…。<予告ビラをご覧になっていなかったとのことだが,ボランティアの趣旨を説明したところ,「出るわ」とお話し伺いに応じてくださった。ドアを開けて応答>

・30~40代女性。この復興住宅に入居して4年。結婚してからの10年は神戸にいる。ここに来る前も垂水区内の市営住宅にいたが,子どもの通学のためにここへ移った。坂道がたいへんだが,近くまで送迎バスが来てくれるので,その分だけ助かっている。ほかは特に困っていることはない。<インターホン越しに応答>

・30~40代女性。(お困りのことは?)「大丈夫です。」,「今,ちょっと手が離せないので…。」<インターホン越しに応答>

・70~80代女性。「一気に上がられへん。がんばってください。」<住宅内の坂道で「ボランティアの者です」とお声がけ>

・30代?男性。「すみません。調子悪いので…。」<ドアを開けて応答>
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当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

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神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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