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第38(新生163)回訪問活動 (2014/08/30) レポート〈1年経って…,附:追悼・黒田裕子さん〉

神戸総合運動公園(ほっともっとフィールド神戸)の花火毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧くださいまして,まことにありがとうございます。

2014年の夏季も,神戸・週末ボランティア 新生では,「忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸から」というテーマのもとで,阪神淡路大震災の被災者が暮らす,神戸市郊外の復興住宅(神戸市営住宅・ベルデ名谷,垂水区)への訪問活動をさせていただきました。
 
被災地復興新聞・紙 紹介 2014/08/21今回は,前回,7月12日13日以来,1ヶ月半あまりぶりの復興住宅訪問活動となりました。あわせて,当ボランティアがこの復興住宅・ベルデ名谷への訪問活動を始めて1年になりました。季節の移り変わりとしては,ちょうど1年を超えて,残暑が厳しかった,昨年同時期よりは,暑さもやわらぎ,過ごしやすい天候となりました。

ウェブサイトやSNSなどを通じて,さまざまなルートで情報発信をしている中で,今回もまた情報の拡散という形でご協力を戴きました。

菅原二郎 INSIDE OUT WSMG 名谷病院ボランティア参加者の集合場所に向かう途中,車窓から須磨海岸を眺めてみると,夏休み最後の週末を楽しもうという人たちでにぎわう姿が見られましたが,これまた昨年までの同時期と比べるならば,暑さがやわらいだこともあるでしょうが,「美化」や「治安」を口実にした規制強化のため,客足が遠のいたことから,やや寂しい印象も受けました。生活や産業への影響という点では,課題を残したことが伺えるものでした。

前日の準備段階から,対話を実現し,当ボランティアの活動の浸透が進み,少人数・不定期でありながら,受け入れてくださっている様子が伝わってきます。この日にお伺いしたところはいずれも,前日に投函した予告ビラをみて初めて知っただけでありながら,訪問を歓迎してくださったことに感謝したいと思います。

「神戸新聞」掲示板紹介 2014/08/27 忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸からこの日もまた,予定の時刻をやや過ぎての終了となりましたが,予定したお宅への訪問を終えた後,次週分の予告ビラ投函を行い,ここでも貴重な対話を実現できました。なかには,8月27日の「神戸新聞」に掲載された,当ボランティアの活動案内をご覧になって,待っていたという方もいらっしゃいました。

おかげさまで,一度だけの訪問だけではなかなか解らないような,被災者-住民の方々の日常の一端をうかがい知る機会となりました。この日のミッションを完了した頃には,最後までご一緒いただいた参加者とともに,総合運動公園からの花火を観ることができました。

神戸市営住宅・ベルデ名谷2番館前の花壇。今回もまた,貴重なお話し伺いが出来ましたことを,感謝したいと思います。

神戸・週末ボランティア 新生の復興住宅訪問活動は,旧グループ以来の仮設・復興住宅訪問通算600回となった3月30日で,重複なしの実数ベースで1000戸を超え,7月13日には神戸市営住宅に限っても1000戸を超えておりますが,これまでに取り組んだ神戸市営筒井住宅やHAT神戸・脇の浜住宅(借り上げ復興住宅分)に続いて,ベルデ名谷での訪問も,開始から1年を控えたなかで,間もなく半数になろうしています。

配布した予告ビラ 2014/08こうして訪問活動~「お話し伺い」~傾聴ボランティアを続ける中で,必然的に,当ボランティアについてはもちろん,旧グループで行った,かつての訪問活動やその参加者,さらには阪神淡路大震災以来行われてきた,さまざまな支援活動についての,色々な情報や評価についてお伺いし,役立ちと学びの糧にすることとなります。

周囲の方をお世話されてきた経験をお聞かせくださることもあれば,他の支援者と行動をともにした経験や想い出をお話しになる方もいらっしゃいます。

お書きいただいたシートとお礼のメモこの夏の終わり近くになって体調を崩し,故郷への転地療養に赴かれて程なく,9月24日に亡くなられた黒田裕子さんもそうした一人にとどまらない,とりわけ重要な一人でした。

これまでに当ボランティアで訪問したどの復興住宅でも,多くの方々から,行動を共にした想い出や,支援活動への感謝の言葉を,たびたび耳にしてきました。もちろんこの日もそうでした。

神戸総合運動公園(ほっともっとフィールド神戸)の花火神戸・週末ボランティア 新生においても,旧グループにおいても,グループとして行動をともにしたことはありませんが,専門である看護にとどまることなく,その時々・場所におけるニーズに応じた広範な支援をつくり出す,その行動力・判断力と人柄は,伝わってきています。

長年の尽力に感謝と敬意を表し,ご冥福をお祈りしたいと思います。合掌。

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黒田裕子さん死去 震災20年目前、関係者ら悼む声 2014/9/25
患者と医師の橋渡しに 黒田裕子さん悼み足跡たどる 2014/10/10 神戸新聞


この日伺ったところの概略です。

・80代男性。長田区で全壊。5棟続きのうち3棟が倒れた。2階建ての1階にいたが,ペシャンコになった中から出てくることが出来た。大切にしていたギターを1本だけ持ち出すことが出来た。この日に限ってケースに入れてあったのが幸いした。近くでは,手を挟まれて逃げられなくなった人がいて,近くの人がやむなく切断して助けたものの,避難先で処置が出来ず,10日ほどで亡くなったことがあった。西区の仮設住宅を経て,この復興住宅に入居して15年。17歳でギターを始め,アルゼンチンバーなどで演奏してきた。若い頃からの楽譜は今も宝物。震災後は仮設住宅などを廻って慰問演奏をしてきた。この復興住宅に入居してからも階下で弾いていたことがある。その様子は何度かテレビでも採り上げられ,そうした中で知り合った人と飲みに行くのが楽しみだった。この頃は物忘れが多くなった,「終活」してる。最近この復興住宅では,徘徊しているような高齢者を見かける。特に一人住まいの方に多いようだ。<ボランティアの訪問時には,太鼓で迎えていただき,ギター演奏を聴かせてくださった。シート記入の上,お部屋でお話し伺い。>

・70代女性。夫婦2人暮らし。垂水区で半壊。仮設住宅には入っていない。家主が取り壊すというので,民間の賃貸住宅への入居や,子どもとの同居を考えたが,この復興住宅を申し込んだらすぐ当たった。この復興住宅に入居して15年。竣工後すぐ入居した人より少し遅れての入居だった。高齢者として優先される年齢ではなかったため,下層階ではなく,高い階へ入ることになった。ここには仕事を辞めて入居した。震災で被害を受けながらも,事業継続していた部署へ配置転換してもらって続けていたところだった。この復興住宅に来て最初はバス停までの坂道が苦痛だったが慣れた。仕方ない。ヘルパーは頼まず,買い物も自分でしている。自治会の用事も引き受けている。血圧が高いので,月1回はバスに乗って通院している。近くに住んでいる子どもが,面倒みてくれたり,旅行に連れて行ってくれたりする。近所づきあいはあいさつ程度。ここでの暮らしには慣れたが,人間関係はたいへん。面倒だが,いちいち気にしていたら住めないし…。昨2013年4月の淡路島地震の時は,けっこう揺れたが,特に問題はなかった。東日本大震災や最近の豪雨土砂災害の被災者もたいへんだろう。

・70代女性。長田区で全壊。古い家だったのですぐ壊れてしまった。近くの小学校に避難して,半年過ごした。体育館は危険で使えず,教室に入ったが,人が多くて,場所を確保するのがたいへんだった。まだ若かったので働いていた。会社が半壊ながら事業を継続していたので,避難所から通っていた。避難所ではみんなで助け合った。震災直後は葬式が多かったのを思い出す。この復興住宅に入居して15年。近所とはあまり話しをしない。最初は顔見知りになったが,少し経ってくると…。物騒だから扉は閉めているが,暑いときなどは廻りに水を撒いたりもしている。年には勝てない。親や友人が亡くなって寂しい。毎日が一生懸命。白内障でちょっとづつ見えにくくなってきていて,手術しなければならなくなるのが怖い。買い物は医者に行った帰りにしている。バス1本で行ける便利な所にしている。

・70代女性。中央区で半壊。「被災した場所は中央区です。家はこわれなかったのですが50%でした。家主がこわすと言ったのです。●●に避難していました。(平成)7年の7月頃までです。仮設住宅はポートアイランドに友人と一緒に行く箏が出来ました。4年間いました。台風のときが大へんで友人の所に行って一緒にいました。そして今の住宅が当たったのです。この住宅は坂があってたいへんですが,当時はまだ若かったのでうれしく,家も広いですし,有難く思っています。今の健康状態はまあまあです。少し足が痛い時がありますが,何とか生活は出来ています。」<自身でシート記入>

・70代女性。夫婦2人暮らし。垂水区で被災。住んでいた公団住宅はとくに被害がなかった。水や電気が止まったが,建物の上に給水タンクがあったので(給水車に並んで水汲みに行くなどの苦労はせず)困らなかった。この復興住宅に入居して15年。(被災者に割り当てた後の)残りが当たったので,皆より少し遅れて入った。身体はどこも悪いところはなく,元気。近所づきあいは,隣とも親しくしている。

・40代女性。この復興住宅に入居して5年。神戸市内で被災して,この復興住宅に入居して15年になる母と同居している。近くで亡くなった人もいる。<インターホン越しに応答。予定時刻を遅れて訪問>

・70代男性。「どういう御用?(支援シート)まだ書いてへん。また連絡させてもらう。」<玄関に出てこられて応答,「お話し伺い」を主としていることなどを説明。予定時刻を遅れて訪問>

・60代女性。「ちょうど今,出かけました。」<インターホン,玄関扉内のよろい戸越しに応答。予定時刻を遅れて訪問>

・70代女性。須磨区で被災。この復興住宅に入居して15年。「特にありません」<自身でシート記入>

・80代男性。中央区で被災。「(お困りのこと,心配なことは?)めぐすり」<自身でシート記入>

・40代女性。「けっこうです。」<インターホン越しに応答。予定時刻を遅れて訪問>

・60~70代男性。「あ,うち,大丈夫です。」<ドアを開けて応答>


・70代男性。予告ビラ投函後にお会いしたので,当ボランティアの活動の趣旨や方法などを説明させていただきながら,お話し伺い。この棟の住民のお世話をしている。敬老の日にあわせて,(当ボランティアとは)別の聞き取り調査の訪問が入るのだが…。

・70代男性。予告ビラ投函後,玄関前の廊下に出てこられ,当ボランティアの参加者募集が「神戸新聞」に出ていたのをみて,訪問活動を知っていたので,いつ来るかと待っていたとのことで,ボランティアの活動の趣旨などを説明させていただいた。

・80代男性。予告ビラ配布時,玄関前の廊下で座っていたところ,「●●です。」と,私たちに声をかけてくださったので,ボランティアの訪問活動の趣旨などを説明させていただいた。
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tag : 訪問 ボランティア 支援 阪神淡路大震災 神戸 傾聴 垂水 復興住宅

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お問い合わせ、ご相談、参加申込などの
メールはこちらからどうぞ。

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当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

ご案内とお誘い
 
1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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おことわり
類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



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