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第35(新生160)回訪問活動 (2014/07/12) レポート〈夏が来る前に〉

ベルデ名谷・予定時刻を過ぎて訪問終了。(神戸市垂水区))毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧くださいまして,まことにありがとうございます。

2014年の夏季も,神戸・週末ボランティア 新生では,「忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸から」というテーマのもとで,阪神淡路大震災の被災者が暮らす,神戸市郊外の復興住宅(神戸市営住宅・ベルデ名谷,垂水区)への訪問活動をさせていただきました。
 
神戸・週末ボランティア 新生 復興住宅訪問予告ビラ。2014年7月、ベルデ名谷。3月下旬から末にかけて以来,3ヶ月余りをおいての訪問活動となりました。スケジュールを決めたところ,台風8号が本州を縦断して通過しましたが,週末近くには近畿地方から遠ざかるとの予想のもとで,予定通りに行うこととしました。

暑さが本格化する前にと思いましたが,梅雨明け前ながら既に猛暑となり,須磨海水浴場の海開きが行われた直後の週末の復興住宅訪問活動となりました。

2014/7/12・13、神戸新聞「掲示板」阪神淡路大震災お話し伺いボランティア募集。神戸・週末ボランティア新生「忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸から」予告ビラの投函など,神戸市営住宅・ベルデ名谷(垂水区)現地での準備が前日に,「神戸新聞」神戸版「掲示板」でのご案内が,当日の朝刊の掲載になるなど,ぎりぎりのタイミングでの準備となりました。

垂水東口・イカナゴのモニュメント。神戸・週末ボランティア新生の集合場所の近くで,兵庫県立舞子高校環境防災科生徒らが東日本大震災支援の美金活動ボランティア参加者の集合場所とした垂水東口では,兵庫県立舞子高等学校環境防災科の生徒さんが,東日本大震災支援の募金活動をしていました。暑い中,また期末テスト直後の中,ご苦労さまです。

そばでは,保護者や教職員の方が見守っていました。わずかな時間ではありましたが,そうした方とも対話を実現し,その中で,阪神淡路大震災20年になる今年1年間は,阪神淡路大震災にこだわり,集中的に取り組んでいるとのことでした。ちょうど地元で,阪神淡路大震災の被災者が,今なお難儀していることを,もっと知ってほしいと思っていただけに,頼もしい限りです。

そうして,やや遅れて現地入りし,予定より1時間以上遅くに終了するまで,この日の「お話し伺い」をさせていただきました。遅くに訪問させていただいた方には申し訳ありませんでした。

神戸市営復興住宅・ベルデ名谷。7番館低層棟屋上部にある「秘密の花園」。この日の訪問は,3月に引き続き,中高層階としましたが,3月とは別の棟・ブロックに伺いました。前日の予告ビラ入れなどの準備の過程で,対話を実現できたことで,ある程度バックグラウンドや周辺の情況などを理解した上で臨むことができました。

今回も,充実した訪問活動になりましたことに,また,貴重な「お話し伺い」をさせていただいたことに,感謝したいと思います。

ご参加,ご協力いただいた皆さんをはじめ,弊サイトThis is 神戸・週末ボランティアや,MixiコミュニティMixiページFacebookページtwitter - welove_kobeを通じてご縁をいただいております,すべての皆さんとともに,成果を分かちあえますことに感謝したいと思います。


この日伺ったところの概略です。

・70代男性。兵庫区で全壊。かつては「洗濯屋してて,アイロン振り回してた」。兄弟2人と母を亡くしたほか,仮設住宅になかなか入れなかったことから,子どもも独立させたので,震災で家族バラバラに。近くの小学校の避難所に行ったらいっぱいで入れず,保育園を併設している寺院へ行き,5月終わり頃までいた。西区の仮設住宅には4~5年いた。最後までいて,孤独死などもたくさん見てきた。1年に4~5人亡くなっていた。尼崎からおばちゃんのボランティアが来てくれていた。この復興住宅に入居して15年。同じ仮設住宅から来た人が何人かいるが,部屋が近い人とは親交がある。一人暮らし。元気な人が次々死んでいく。みんな一人で死んでいく。近くの部屋でも亡くなる方がいて「隣のおばさん,前日まで元気にしとったのに…」。震災以前から背中を痛めていて,手術をしたら,主治医にとっても,それまで経験したことのないたいへんなものだったようだ。今でもいろいろな薬を飲んでいる。きついのでいや。今ではもらってきた介護用の電動ベッドを使用している。出かけることは少なくなってきている。支えがあれば立っていられる。外出用などに4本の杖を使い分けている。手先は大丈夫。身のまわりのことは自分で出来る。できる間は自分でしようと思うので,ヘルパーは入れていない。4年ほど前,市からもらってきた「あんしんかん」(茶筒のような無塗装の缶に,名前や緊急連絡先,かかりつけ医などを記入しておくもので,写真も貼っている)を配って,自分の分も記入した。「遺言,はよ書かな…」。今の楽しみは「テレビに突っ込み入れる」ことだが,東日本大震災で大きな津波が押し寄せたときの,防波堤の無力さや,避難の仕方に,自身の被災体験を照らしあわせて,疑問を覚えたことも。住んでいる棟の屋上部には植木などがあるが,予算削減で市が管理しなくなったので,週1~2回,2~3時間かけて,枯らさないように手入れするほか,無農薬の大葉を栽培し,ほしい人には分けてあげている。<玄関内でお話し伺い>

・70代女性。兵庫区で全壊。垂水区内の仮設住宅に入ったが,周囲を住宅地に囲まれた,40数戸しかないところで,最寄り駅から10分ほど歩いたが,坂道がたいへんだった。この復興住宅に入居して16年。ここでも坂道がたいへん。その上膝を悪くしてるので,歩けても座り込んだりすることが多く,正座ができない。階段を上るよりも降りる方がたいへんで,ゆっくり気をつけている。この復興住宅で近くの部屋に住んでいた人も1/3ぐらい亡くなった。自分で声を上げられない人はもっと苦労していると思う。50代後半で入居したので,優先されたこともなく,家賃も高くなってきた。長く一人で暮らしを支えてきた。定年まで駅の売店で販売員をしていて,あの頃は身体も頭もよく動いた。素早い動きと計算ができたのは,お得意さんがいつも買う品物と値段を覚えていたから。若い人ももっと働けば…。さまざまな病気して薬が増えた。最近も入院した。動物がすきで,ここへ来てすぐ2匹の猫を拾ってきて育てた。犬に噛まれても好きで,大型犬も穏やかなのがわかっているので怖くない。いなくなってペットロス症候群のような感じに。総合運動公園のスタジアムからの花火が見えるほか,好きなアーティストのライブが微かに聞こえてくるのが楽しみ。
「50代後半でこの市住に住んでいますが、坂道が年々きびしくて、16年立ちましたが住めば都にはなりません。腰痛、膝痛持ちですので坂がない市住に移りたいと何度思ったことか…。それと今言われている貧困女子家庭にすっぽり入り、厚生年金と国民年金合わせても……では、これ以上家賃が上がったらどうしようと思う今日この頃……食べるだけなら犬猫と一緒と思えてなりません。私以上の遺族の年金もらってる人でも……遺族年金があると思えば一生懸命働いて税金納めていたのに、なーんか淋しい限りです。」<自身でシート記入の上お話し伺い>

・90代女性。長田区で全壊。当初は半壊扱いされたが,住める状態ではなかった。仮設住宅には入らず,名古屋の市営住宅に4年4ヶ月住んだあと,この復興住宅へ入居して15年。被災前からここに来るまで同居していた息子さんも10年前に亡くなり,今は一人暮らし。一人息子で優しくしてくれた。ここへ入居するのも息子さんの薦めで,申し込みなどもしてもらった。90歳まで元気できたと思ったら,最近2回立て続けに転倒して,足もヒョロヒョロ。以来あちこち痛くなったり悪くなったりしている。腕が痛い,頭痛,神経痛と,神経がつながっているので,身体はあちこちガタが来ている…。声は元気だが,耳が少し聞こえにくい。最近は,テレビやエアコンのリモコンを手に取るのも面倒で,何でも「もうええわ」になってきた。ちゃんと水分をとるように言われているが…。エアコンは嫌いで,今年入れたものの,小さな扇風機で済ませていることが多い。(高層住宅なのに)ムカデがベランダや玄関から入ってくる。ヘルパーに通院に付き添ってもらったり,買い物してもらったりする。最近も友人が亡くなった。この復興住宅の棟でも,空室には30~40代の若い人が入ってきている。道で会って声をかけてくれる人もいるが…。階下のポストが高いところにあるので,腕が上がらないと開閉や鍵がしにくい。好きな民謡歌手が出るテレビ番組を見るのが楽しみ。字を書くのも好きで,買い物の記録を兼ねて日記を付けたり,新聞に載っている川柳で気に入ったものを書き出したりしている。イラストレーターだった息子さんがデザインした「こうべ花時計」の新聞記事を切り抜いたものなど,想い出の品を大切にとっている。「私の目の黒いうちは…」と,息子さんが震災前日にも乗っていた自転車を玄関においている。<御部屋にあげていただいてお話し伺い>

・80代女性。中央区で全壊。住み込みで手伝っていた施設が全壊したが,倒れてくるものがなかったので,ケガなどはしなかった。普段寝るところにはものが落ちていたが,その日はたまたま別のところにいたことも幸いした。隣にの部屋でもものが散乱していた。三田にいる娘と2年同居。一時は遠方に住む娘のもとに身を寄せたが,西宮で一人暮らしを2年。仮設住宅には入居しなかった。この復興住宅に入居して15年。ここができるのを知って申し込んだ。震災後色々たいへんだったので,ここへ来たときは天国に思えた。同じ階に親しい友人がいて,おかずをもってきてくれたりもっていてあげたりしている。ドアを閉めればつきあいがない中,恵まれている。ここには地震で色々な経験をした人が来ているので,話すとスゴイ。色々と関連した思い出話が出る。隣近所の部屋で亡くなった人も。買い物は,住宅入口のコンビニのほか,少し離れたスーパーにも行くが,週2回来てくれるヘルパーに頼んだりするほか,友人に頼んだりする。身の回りのことは自分でする。外出するとタクシー代がかかってたいへん。腰を悪くして,立ち止まっているのも辛いのが悩み。難病を患い,注射するとよくなるが,注射で吐きそうになったことも。今年に入って,住宅のそばの病院に2回入院した。まだ退院して1月経っていない。遠方に住む娘さんとは,電話料金が安くなるサービスを利用して話している。ちゃんと薬を飲んでいるか,心配して聞いてくる。<玄関内でお話し伺い>

・80代女性。東灘区で全壊。北区の仮設住宅を経て,この復興住宅に入居して15年。ここで孤独死した人を見てきた。被災後、灘区に避難したが,入院したりした。同じ東灘区内の仮設住宅を希望したがあたらなかった。仮設住宅でも復興住宅でも,端っこの部屋を希望してきた。避難先や仮設住宅で親交があった人とは今もつきあいがある。身体のあちこちが悪く,三日三晩寝ていない。色々なたくさんの薬を飲んでおり,それでお腹いっぱいになって食事が十分取れず,身体が弱ってしまう。外出していないから(季節感などは)よく解らない。足が悪く,病院に行くのもしんどい。糖尿病で,血糖値がたいへん。白内障で,1週間ほどおいて2度にわたって両目の手術を受けていたが,仮設住宅でコンタクトをなくした。やっと治ったと思ったのに…。お腹も手術した、心臓の検査も受けてきた。しんどいし,病院をたらい回しされたことも。友人が亡くなった病院に行くのはイヤ。何度も手術で「あちこち切りまくった」。今も入院するほか,定期的に通院したりしている。<お部屋でお話し伺い>

・70代女性。兵庫区で全壊。地震の時,電気が止まったため,住んでいたビルのドアが開かず,外に出られなくなってしまった。神戸から離れたところに入院した。この復興住宅に入居して15年。以前はボランティアをしていたこともある。被災前に住んでいたあたりの障害者施設でバザーをしたりして,想い出がいっぱいある。「ありがとう」といってもらえるのは嬉しかったが,今してもらう側になると,ほんとうに喜んで感謝してもらえたのかと思ったり,辛いものがある。今は一人暮らし。1日4回、決まった時間に自分で透析をするほか,インシュリン注射もしなければならない。薬と注射で生きている。最重度の障害認定とのこと。腹膜透析に必要な薬液が,1月分届けられたばかりとのことで,廊下の壁一面に積み上げられていた。手がしびれ,立っているのもたいへんとのことで,玄関に置いてある椅子に座って,「お茶もお菓子も出せなくてごめんね」と,夕食と透析前の時間にお話し伺いに応じてくださった。<玄関内でお話し伺い>

・70~80代女性。垂水区で一部損壊。被災時から一人暮らし。被災後間もない頃は,水を運んだり,須磨区の息子さん宅で入浴したりした。避難所暮らしや仮設住宅への入居はせず,この復興住宅に補欠で入居して15年。ここは坂が多くて,買い物に行くのがたいへん。それでも住宅から少しあるスーパーまでがんばって行っている。コープの個配はまだ利用していない。そのうち利用するかも。この日は垂水まで美容院に行ってきた。2~3ヶ月前,入院したら,足が少し弱ってきた。手術した膝のほか、腰も痛めている。リハビリを兼ねて,今もバスで通院している。

・70~80代女性。須磨区で全壊。近くの学校に避難した後,須磨区内の仮設住宅へ。仮設住宅はよかった。長屋みたいな人間関係があって,おかずが行ったり来たりしたものだった。この復興住宅に入居して15年。ここでも隣近所でよくしてくれている。昨年膝の手術をした。いくらか楽になったものの,痛みはある。外出がたいへんになった。とくに坂がたいへん。バスはの乗るのはまだいいが,降りるのがたいへん。買い物は人に頼んでいる。新たにスーパーができたりして,便利になったが…。

・80代女性。「今のところ何とか元気でやっていけてます。自分で身の回りのことはしているので結構です。」<インターホン越しに応答>

・30~40代女性。「困っていることはないです。被災者じゃないので…。子どもの世話で忙しいので…。」<インターホン越しに応答>

・40~50代女性。「あ,それ,いいです。」<玄関ドアの網戸越しに応答>

・70代?男性。「ワシ解らん。留守番や。」<インターホン越しに応答>
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tag : 訪問 ボランティア 支援 阪神淡路大震災 神戸 復興住宅 傾聴 垂水

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当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

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神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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