第27(新生152)回訪問活動 (2014/01/12) レポート 〈借り上げ復興住宅の現在〉

「1.17希望の灯り」分灯&HAT神戸脇の浜住宅毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧下さいまして,まことにありがとうございます。

神戸・週末ボランティア 新生では,前日,1月11日に続いて,同じくHAT神戸・脇の浜住宅への復興住宅訪問活動を行いました。
 
前日同様,行事としてのファクターも加えつつ,「1.17」を忘れない!「希望の灯り」とともに 2014というテーマのもとで行うことにしました。

HAT神戸・脇の浜住宅へは,旧グループで数年間お訪ねしてきたところですが,今回は初めて日曜日の訪問となりました。神戸市営住宅・兵庫県営住宅及びUR賃貸住宅と,異なった運営主体が混在する,この住宅群の中でも,この両日お訪ねしたのは,神戸市が被災者向けにURから20年契約で借り上げた,いわゆる「借り上げ復興住宅」に当たるところです。

旧グループで2012年9~12月にお訪ねしたうち,借り上げ復興住宅に当たるお宅にお訪ねしたのは,前日と同様ですが,これまで,もっぱら土曜日に行っていた訪問ではお会いできなかった方とも,対話を実現し,改めて現状を深く知る機会となりました。

HAT神戸脇の浜住宅;モニュメントこの住宅群での借り上げ復興住宅は,棟ごとではなく,特定の棟の一部の居室についてで,同じ棟はもちろん,同じフロアでも,UR賃貸住宅として直接契約して入居された方と,復興住宅として市が借り上げたところに入居された方とが,一緒に暮らしています。

竣工当初に入居された方は,UR賃貸住宅においても,被災者(罹災証明をもった方)が優先されていましたが,その後に入居された方は,いずれにしても,空室への一般入居となっているため,住民全体として,被災者のウェイトが下がっています。

阪神淡路大震災の被災地の各処にある借り上げ復興住宅は,地方自治体がUR(住宅・都市整備公団→都市基盤整備公団,現・独立行政法人都市再生機構)や民間地権者から賃貸契約を締結したもので,契約期間は竣工から20年となっており,早いところでは2016年ぐらいに満了するところもあり,2020年前後に期限が来るところが多いようです。

期限前数年となった頃から,住民の不安が高まる中,借り上げた自治体の対応に温度差が顕在化し,なかでも,多くの借り上げ復興住宅を抱える神戸市が,個別的に「説明」したとして,強引な移転促進策をおこなうなど,被災者-住民に,とりわけ厳しいものになっていました。一方で,最後まで住み続けることを求める住民の闘いも続けられていました。

そのような,当事者-被災者-住民の事情・意志とは乖離したところで,事態が進行してしまうという情況にあって,旧グループにおいて,これを請願運動へと切り縮め,翼賛運動へと歪曲するという政治的介入・利用を許してしまったことを,看過できません。

かかるものとは断乎と訣別した上で,改めて,虚心坦懐に「お話し伺い」させていただき,その中からあるべき姿を共に構築していくことが,新たな課題となりました。そのためにも「宗教や政党など全く関係のない民間のボランティア」としての原則を堅持することが,何にもまして求められました。

そしてこれは,「傾聴ボランティア」としての経験を積み,スキルアップを目指す参加者と共にあることにおいても,大切にすべきもので,その基本を大切にし,初心を忘れない姿勢が,求められるものでした。

そごう神戸店・サンファーレ広場改めて伺った,率直かつ切実な声は,決して,請願・翼賛運動で現実化されるべきでないことはもちろん,かといって,単に住み続けさせろといった,空疎なスローガン的なものによってもできません。

いかに自らの主体性のもとにあり続けるかという,もっとも基本的な問題から,問い直さなければなりません。

バイアスから自由になったナマの声,率直なお気持ちを,心を開いて寄せてくださった,意義を確認し,すべての方に感謝し,それを最大・最良に活かして行きたいと思います。

ここは,直接的には,この日の訪問活動をふり返るものですが,現下の情況の中で改めてとらえ直し,今後の取り組み直しのあり方を模索したいと思います。

実際のところ,こうした形・方法で,復興住宅にお訪ねし,被災者に寄り添うことが有効で可能な時間は,限られているでしょう。そうした中で,2年続けて,神戸中心部近くにおいて実現できたことに,感謝したいと思います。


この日伺ったところの概略です。

・70代男性。灘区で全壊。うちの周囲一帯もみな倒壊した。近くの公園に避難して,バラックを建てて雨風をしのいだり,川の水を確保したりしていた。避難所で物資がいっぱい来ると贅沢になったり,お金がいるとなると来なくなる一方でタダだと来るなど,人間の汚さをいっぱい見た。ポートアイランドの仮設住宅では自治会長をして,みんなのお世話をしていた。移転先を知っていて,つきあいも続いたが,震災17~18年を経て,亡くなる人も多くなってきた。仮設住宅には最後までいた。不便なところに,まださほど高齢でない人が押し込められたため,孤独死を何人も見てきた。そういう人に限って,テレビもなく,ガスも使わなかった。なるべく車を使わず自転車に乗るようにするなど,身体を動かすように心がけてきたが,ここ数年,身体の調子が悪い。この部屋は,広いベランダがあるので気に入っている。物置をおいたり,園芸をしたりしている。復興住宅に入ってから,自分で部屋を片付けない人もいて,代わりに片付けてあげたことも。日曜大工で手すりや棚を作ってあげたことも。震災関係での交流も薄れていて,年取って亡くなった人も。学生など若い人のボランティアはいなくなった。以前はふれあい喫茶をしていたが,来る人が決まってきて,それ以外の人が引きこもるようになってしまったので,やめた。飛び降り自殺も見てきた。ずっと前から知り合いから相談受けたりして,生活が苦しい人と役所に一緒に行ってあげて生活保護を受給させたことも。行政は事務的で動かない。一般の民間人やボランティアなど,誰かが代わりに動いてあげないと…。以前はラジオ体操をしていると,人が出てきたが,やがて出てこなくなるなど,近所同士で顔を合わせる機会が少なくなってきた。以前,1月17日が近付くと,ローソクを浮かべる竹筒を切ったりしていた。復何があってもビックリしない。あの時を考えたら…。復興行政では,国や市はもっとお金の使い方を考えるべき。20年期限の借り上げ復興住宅の問題では,もっと声を上げるべきだった。同じ住宅にいても,残る人と出て行く人との間で…。県は毎月,市は年4回,移転のための書類を送ってくるが,それよりも,住民の意見をしっかり聞く体制をつくるべき。<お部屋に上げていただいてお話し伺い>

・70代女性。尼崎市で全壊。ベッドの上で左右に激しく揺られた。家具が倒れたり,シャンデリアが落ちてきたりしたが,玄関の戸が開いて,脱出できた。娘はスキーツアーの帰りで,大阪あたりで地震に遭い,歩いて帰ってきた。初めは壊れた借家を修理して住んだが,水道が出ず大阪府下まで入浴に。大阪府下に避難,娘2人はそこでガールスカウトに加入,物資配給や入浴などのボランティアをしていた。その後長く夫の故郷で過ごし,近くに来た方がいいとの息子らの勧めで,この復興住宅に入居したのは昨年。脳梗塞で倒れ,車イス生活を送る夫と共に暮らすには,坂道がなくて,通路や歩道が広いところは,便利で助かる。震災時は息子夫婦も西宮で被災。東日本大震災もたいへん。大きな火災とか津波とか,この世のものかと思うほどだった。米・サンフランシスコの地震もたいへんだろう。

・70代女性,夫(80代)と2人暮らし。長田区で半壊。被災後は車いす使用の高齢の母とともに避難生活を始めたが,やがて神戸市内外の子どもの家に。安い住居を探して,この復興住宅へは一般入居で入って,9~10年になる。最初の頃はバスがなく不便だったが,今はバスも増えて,近くにスーパーもできて便利に。1月17日に向けて,老人会でローソクを灯す行事をしていた。最初は忙しいのて断っていたが,誘われて参加した。震災からの19年はあっという間だった。借り上げ復興住宅の問題では,せっかく慣れて,近所の人たちとも仲良くなったのに,年をとってからの移動はたいへん。<玄関先でお話し伺い>

・40~50代女性。須磨区で全壊。近くで火災が発生したところもあったが焼けなかったが,住んで1年で被災して全壊してしまった。垂水区内の仮設住宅を経てこの復興住宅へ入居して14年。借り上げ不kjこうじゅうたくであることが,不安といえば不安。なるべく早くに出たい,出なければと思っている。できることなら,被災1年前まで住んでいたあたりに戻りたいと思っており,(前年11月に行われた移転先優先入居の)市営住宅の申し込みはせず,自分で探している。<インターホン越しに応答>

・70代女性。垂水区で被災。ここへ入居したら,借り上げ復興住宅なので,また出なければいけない…。震災後,近くの被災された方をお世話したり,三宮で掃除のボランティアを10年ほどしたりと,以前はボランティアもできたのに…。今日もこれから元町方面に出かけるところ。古い友人と会って新年会をする予定。<いったん訪問したときはお留守だったが,程なく帰ってこられたところに出会い,廊下でお話し伺い>

・70代女性。東灘区で全壊。夫が壊れた家の下敷きになったが,回復し,今は大丈夫。この復興住宅に入居して14年。借り上げ復興住宅の問題では,住み替えなどは考えていない。市や民間ボランティアからの案内や書類などには,あまり関心を持ってみない。外出していることが多く,見たりあったりする機会がなかった。移転先の市営住宅の申込みはせず,他の方法を考えたい。

・30代女性。灘区で全壊。身内に犠牲者・負傷者はいなかった。仮設住宅には入らず仮住まいをした後,この復興住宅に入居して14年。借り上げ復興住宅だが,移転先のことはまだ考えていない。今回の市営住宅の申し込みもしなかった。<買い物から帰られたところに出会い,廊下でお話し伺いに。急いでいるとのことで短時間で切り上げ>

・50~60代女性。長田区で被災。仮設住宅には入らず,この復興住宅へ。前年11月の移転先市営住宅の申込みは外れた。行きたいあたりの市営住宅の申込みはしたが,借り上げ復興住宅のため20年でここを出ていかないと思うと…。<来客中のため,短時間で切り上げ>

・60代夫婦2人暮らし。灘区で全壊。「二人共に病院通い。やっとこの地になれたのに、借上げ住宅であと5年と早く出る様言れ困っています。この一点だけが心配で毎日なやみます!」<自身でシート記入>

・60~70代男性。ドアポストに入れてあった予告ビラを2つ折りにして差し出して「それ、ええわ。」<ゴミを出しに出られるところにお話し伺い。予定より訪問が遅くなったことをお詫び>

・50~60代男性。灘区で被災。この復興住宅に入居して14年。(被災情況をお尋ねしたところ)「アンケート? うちええわ」。(「希望の灯り」を見て)[「宗教?」<ドアを開けて応答>

・男性。この復興住宅に入居して4~5年。被災者ではなく一般入居。現在は働いている。ドアポストに入っていたはずの予告ビラは見ていない。<インターホン越しに応答>
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当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

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1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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