第24(新生149)回訪問活動 (2013/12/07) レポート〈仮設・復興住宅訪問通算591回〉

ベルデ名谷2番館毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧下さいまして,まことにありがとうございます。

今回は,初秋の訪問活動から3ヶ月ぶりの復興住宅訪問活動となりました。
 
「宗教や政党など全く関係のない民間のボランティア」としての姿勢を明らかにするべく,神戸市長選挙近くは訪問活動を控えておりましたが,その後,寒さが厳しくなり,日も短くなってきましたので,年末で慌ただしくなる前に行うべく,なるべく早くに訪問活動をと思っておりましたが,主宰者の諸般の事情により,この時期になってしまいました。そうしたなかで貴重な,充実した「お話し伺い」ができましたことを感謝いたします。

ベルデ名谷7番館,高層棟と低層棟神戸市営の復興住宅としては最後に竣工した,急峻な斜面に高層住宅群である,ベルデ名谷への訪問活動は,今回で5回目となりました。現在の全般的な情況をお伺いするべく,各棟ごとに何戸かづつのお宅に伺うという方法をとり続け,今回で全7棟へ,何らかの形でお伺いすることができました。

この日と翌日は,住宅入り口近くに近い棟や,他の棟に1年ほど先行して竣工した棟を廻らせていただきましたが,後者では,元々高齢者が多く,既に亡くなられたり,自立生活が困難になって退去された方も多いとのことで,現下で深化しつつある問題が,さらに進行しているという面も窺えるものでした。

途中,訪問予定外の方とも,臨時に,お話し伺いをさせていただく,貴重な機会を得ましたが,前々日に「予告チラシ」を投函し,予定していたお宅への訪問が遅くなりましたことを,反省し,おわび申し上げます。

今回も,翌8日分も含め,引き続き,「息の長い支援」は神戸に聞こう! 切り離されて暮らすことは?というテーマのもとでの取り組みとなりました。また,「神戸新聞」でも,訪問の趣旨・テーマとあわせて,ご紹介いただきました。

「神戸新聞」訪問活動案内こちらをご覧くださった方からのお問い合わせもいただきました。

これまでに傾聴ボランティアなどをされている方からしてみれば,「切り離されて暮らすこと」は,ニーズの前提条件として自明のようなものでしょう。老人ホームや病院などにおけるそれと,被災者の場合との,意味と差異を問うことで,問題がはっきりし,被災者,とりわけこの復興住宅における方々の置かれている状況についての理解を深める一助になるでしょう。

また,そうしたやりとりを通じて,掲げているテーマや趣旨について,改めて共に考える契機となり,自他への問題提起となったことでしょう。さらにはミッションについて,いっそう明確することにもなります。

そうした改善や改良にとどまらず,新たな役立ちと学びにつながる,機会とご縁に感謝したいと思います。

ベルデ名谷2番館前の花壇新たな活動主体神戸・週末ボランティア 新生となってからの同所への訪問では,ひとまず垂水にお出で戴くことにしたのですが,広い地域からの参加に便利になったことから,播州方面の方からのお問い合わせも多くいただきました。

旧グループでお伺いしたときは,神戸市営地下鉄・名谷駅に集合して現地に向かっていました。神戸中心部から西神ニュータウンにかけての地域からのアクセスには,ある程度便利でしたが,並行路線がなく,運賃が高いことや,スタジアムでの試合・イベント時の混雑や遅延などに悩まされることが多いものでした。またそれ以外の地域からのアクセスが不便であることも,心ある多くの方にお運びいただくにあたっての課題でありました。垂水への集合場所変更によって,バスの便の制約もあり,現地までの所要時間もかかりますが,一定の利便性確保とコスト面の改善にはなっているでしょう。

報道などからも,この復興住宅における高齢化の問題が言われて久しい中,一応,各棟ごとに自治会があり,役員をつとめている方もお出でのようですが,現状における活動実態には厳しいものがあり,とりわけ行事のたぐいは,この数年でなくなったり縮小したりしてるのがほとんどとのことです。そこで,訪問活動にあたっては,特別なことはせず,他の方と同様に接し,個人としてのホンネを語っていただこうと考えています。むしろ,過去に役員を経験された方や,その他の形で住民の方のお世話をされている方から,参考になる,貴重なお話を伺えることが多いように思われます。


この日伺ったところの概略です。

・60代男性。灘区で全壊。雷が落ちたような,陶器が割れる音がしたが,まだ外は暗く,ガスの臭いがしたり,近くに火の手が上がったりしたので怖かった。ベランダ越しに脱出し,2階建てだったのが1階がつぶれた近隣の家の樋を伝って降りて,公園へ避難した。その際にけがをしたが,痛みを感じなかった。簡単な応急処置をしてもらったが,病院で足がえぐれたようになっていたところを縫合してもらった。その傷口が開いたためか,避難所で40℃の熱を2度も出し,コンビニで氷を買って冷やした。避難所では2ヶ月過ごした。物資やテレビの音,傷のことなどを気遣ってくれる人もいた。大変だったが,仮設住宅は西区だった。空気もよく,ようやくほっとできたが,隣の木立で日が差さず,電気を付けっぱなしにしていた。ベニヤ板で仕切っただけで,隣の物音で眠れず,体調を崩すなど大変だった。朝5時に起きて北区まで通院したことも。もともと朝は苦手だったのに…。入院で仮設住宅にいなかった分,運がよかったが,体調が悪いときに復興住宅へ引っ越したため大変だった。自転車で最寄り駅まで買い物に行っていて,坂道の上り下りが大変だった。この復興住宅に入居して15年。入居して間もない頃,シックハウス症候群であろうか,目や頭が痛くなり,外へ出て歩くのも大変に。今も異状が残る。もっと下の(浜側の便利な)方にあるかと思っていたので,ここ1箇所しか申し込まなかった。坂道で外出が大変。近隣で亡くなった方が多く,葬式を5~6回した。もともと人に頼ることはしなかった。なるべく自分でしたいと思っている。今年はいろいろな検査で大変だった。この夏の暑さで皮膚病になったが,薬でだいぶ治し,跡は残っていない。<お部屋にあげていただいてお話し伺い>

・70代男性。長田区で全壊。朝早くに仕事に出かけようとしたら揺れた。それでも職場の方に行こうと浜側にむかっていたら,途中,道路に段差ができていて,地割れしたところに落ちた。さらに行くと,尻池交差点付近で高架が倒れて道をふさいでいたので,進むのを断念。西代あたりを通る別ルートで家の方に戻った。大開通沿いから火が出て,それから追われるようだった。山側の揺れが少なく焼けなかったところでも,車が通れるほどの道幅が確保できず,迂回しなければならないところがあって,たいへんだった。地震の時ケガなどはせず,家族も無事だった。近くの学校の避難所へ。給水車を待って並んだりして,水を確保するのがいちばんたいへんだった。西区の仮設住宅へ。入居したのはいちばん早かったが,出るのは遅かった。ほかの住民が出て行くのを見届けて最後に出た。この復興住宅へは,先行して竣工した棟ができてまもなく入居したので,14~15年になる。もともと住んでいたのはボロい,古い,貧乏人の家や。地震で一気につぶれた。こんな高いところに住んだことはあらへん。もといたところの住民とは今も交流があり,同る。もといたところのあたりは空き地に。この復興住宅では,階の人はまとまりがあったが,当初から居た人は,亡くなったり,施設に入ったりして,半分ぐらいになり,代わって子連れで入居する家族が増えた。この住宅の子どもも増えているように思われる。<玄関内でお話し伺い。予定時間より大幅に遅れて訪問>

・70代女性。長田区で全壊。西区の仮設住宅を経て,この復興住宅へ入居して15年。震災の時,たいしたケガはしなかったが,最近は(身体が)あちこち悪い。とくに足が痛くて,歩くのがたいへん。この復興住宅来たばかりの頃,住民の自治会総出で住宅裏の高台にある広い公園で盆踊り大会をした。住民以外の知人なども誘い合わせて盛大だった。斜面の階段状のベンチのところがスタンドみたいだった。いい思い出だが,だいぶ前になくなった。近年は高齢化で,様々な行事が途絶えてきた。1月17日早朝の慰霊行事もしていたが,中心になっていた人の都合で,ある年からぷっつりなくなった。10年ほど前に,ボランティアの訪問を受けた記憶も。たいへんだが,近くの病院に入院したときエライ目に遭ったので,病院は少し離れたところまで行っている。住宅入り口下のコンビニで弁当を暖めて買ってきたが,帰の坂が大変で,寒くて途中で冷えてしまうので,途中休憩して荷物を減らすために,途中の公園で休んで食べている。ボランティアやってて楽しい? 役に立つの? などと聞かれる。<楽しみのためとか,目先の利益を考えたらダメだが,それ以外で,人とのつながりができたり,誠実さや優しさに接して判ることがいいと回答。住宅横の公園でお話し伺い>

・80代女性。長田区で全壊。西区の仮設住宅には4年もいた。この復興住宅へ入居して14~15年。古い家ですぐ倒壊したので、荷物を取り出すことはできず,全部あかんかった。夫婦でここに入居したが,夫に先立たれ,今は一人暮らしに。身体は特に悪いところはない。<予定時間より大幅に遅れて訪問>

・50代男性。兵庫区で全壊。この復興住宅に入居して15年。「(震災後苦労されたことは?)仮設住宅,寒さとトイレ,水。心配なことは何もない。(ご健康状態は?)良好です。(国・県・市などに望むことは?)別にありません。」<予定時間より大幅に遅れて訪問。自身でシート記入>

・70~80代女性。震災のことや,この復興住宅に入居したいきさつは,(事情が)色々あって,言われへん。血糖値が高くて,身体がたいへん。<ドアを開けて応答>

・70代?男性。「よろしいですわ。」<ドアポストに予告ビラが残っていたが,念のためお声がけ。インターホン越しに応答>

・50~60代女性。この復興住宅には5年前に入居。震災には関係ない。困っていることはない。<ドアを開けて応答>

・30~40代女性。「大丈夫です。」<予定時間より大幅に遅れて訪問。インターホン越しに応答>

・20代男性。「今出かけるところなので…。」<玄関前で自転車を出していたところに出会った>

・60~70代女性。「すみません。来客中でして…。」<インターホン越しに応答>

・少女。「お母さん忙しいので今は無理。」<インターホン越しに応答>

・50~60代女性。「けっこうです。」<インターホン越しに応答>

・30代女性。「今忙しいので…。」<インターホン越しに応答>
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当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

ご案内とお誘い
 
1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



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