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第22(新生147)回訪問活動 (2013/09/08) レポート 〈「二世被災者」のことなど〉

ベルデ名谷・1番館横毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧下さいまして,まことにありがとうございます。


前の週末および前日に続いて,「息の長い支援」は神戸に聞こう! 切り離されて暮らすことは?というテーマのもとでの復興住宅訪問活動となりました。

猛暑もやわらいで一段落し,前日の雨も,この日の訪問活動までには上がり,蒸し暑さもさほどではないという,比較的過ごしやすい中で,この日の訪問をさせていただきました。

ベルデ名谷・住宅入り口附近のモニュメント先週・今週の訪問活動に先立ち,何度か事前に足を運んで準備をしてきましたが,時間帯や季節もあったでしょうが,道端や廊下で出会う方も少なく,本当に900戸近い世帯がお住まいなのだろうかと思ったこともありましたが,秋分を半月後に控え,日が短くなる中,ようやっとお見かけする方も増えてきたようでした。

前日に続いて,高齢の方が多くお住まいの箇所を訪問することになりましたが,そうした高齢の方の中でも,お耳が遠くなる方も目立ち,傾聴ボランティアとはいうものの,大きな声で話しかけ続けなければならず,声を枯らし,終いには,お会いした方とのあいさつもままならないほどになってしまいました。

今回の訪問は,予定していた午後2時から5時の間に,ほぼ収まるものでした。訪問活動の終了後,住宅の周りを改めてまわってみました。公園や住宅内の道路で遊ぶ子どもたちの姿も見られました。

この復興住宅内にも,学童保育のような場所が設置されているようで,この復興住宅の外にある比較的近い学校に通う子どが多いと思われますが,復興住宅・市営住宅とは違った世帯の子どもと遊び学ぶ中で,通学以外での,日常的なつながりはどうなのでしょうか?

ベルデ名谷・高曽公園一方,住宅近くの公園からは坂道の遊歩道で他の住宅地に隣接する公園ともつながっていますが,あまり交流はなさそうです。

復興住宅の高齢化が言われて久しいですが,高齢者以外の住民も少なくありません。子どもはむしろ増えているとも言われます。震災とは関係なく一般入居したファミリー世帯の子どもたちもいますが,少なからざる部分は,被災者世帯の子どもたちです。

幼少時に阪神淡路大震災を経験した世代は成人に達しようとしていますが,遊ぶ姿が見られたのは,復興住宅に入居した被災者世帯に生まれた子どもたちの,年少世代と言うことになるでしょう。年長世代はティーンエージャーとなっており,他の世代や被災者でない住民,住宅外の近隣市民との関係などで,心配されることも,訪問を通じて見聞きすることがありました。

被災者の高齢化,高齢被災者とあわせて,こうした「二世被災者」についても,思いをいたす必要があるのでは? と思われました。

ベルデ名谷・7番館低層エレベータこの間2週4回にわたって,この復興住宅・ベルデ名谷で,全7棟のうち5棟において,何らかの形で訪問させていただき,対話を実現してきました。今後は,未訪問の棟と,世帯数の多い棟への訪問を行っていきたいと思います。

旧グループ以来約10年ぶりとなった,このたびの4回の訪問活動において,「お話し伺い」に応じてくださったことに感謝いたします。

今2013年,新たな活動主体,神戸・週末ボランティア 新生のスタートにあたり,「宗教や政党など全く関係のない民間のボランティア」としての原則を堅持し,「寄付や署名の要請、投票依頼、販売行為などは一切行いませんので、ご安心下さい」と申し上げてきたところを,確実に信用していただくために,兵庫県知事選挙,参議院議員通常選挙の投票日(7月21日)までの1ヶ月ほどは,訪問活動を行わないことにしておりました。

そのため夏季の訪問活動の開始が遅くなりましたが,秋季においても,神戸市長選挙(10月27日投票)に考慮し,この訪問活動の続きは晩秋以降とし,それまでは,これまでを振り返り,教訓を活かすことにつとめました。


この日伺ったところの概略です。

・80代女性。中央区で全壊。入り口が壊れて,外へ出ることができた。西区の仮設住宅に4年以上いた。田舎だったが楽しかった。仮設住宅にいたときのつきあいはあったが,今はない。景色もよかった。ボランティアが来てくっれたのを覚えている。雨の時,窓ガラスにいた雨蛙がかわいらしく印象に残っているので,今も部屋にカエルのマスコットをたくさん飾っている。兄弟はみな病弱で早くに亡くなり,身内はいない。寂しいが慣れた。一人がいい。生まれも育ちも神戸で,若い頃から,神戸中心部でいろいろな仕事をするなど,それまではずっと都会に住んでいたが…。ずっと大きな病気などはしなかったが,最近は内蔵が弱ったようで,近くの病院に行く。転んで足が痛いのが気になる。灘区に父の代からお世話になっている電気店があって,今も何かあればすぐ来てくれる。この部屋のエアコンも付けてもらった。スポーツは野球やサッカーなどの団体競技をテレビで観るのが好き。昔、コーラスに入っていて唱歌などを歌っていたのが楽しかった。<玄関先から,お部屋にあげていただいてお話し伺い>

・80代男性。長田区で全壊。住んでいた家はぐしゃっとつぶれた。明石市に避難したので,神戸市営の復興住宅に申し込んでかなり待たされた。最後にできたこの復興住宅には,できて1年以内に入った。一緒に入居した妻は病死し,以来一人暮らし。被災時既に高齢で,子どももいないので,長田に戻るのをあきらめて,賃貸住宅に住むことにした。「この年になって,家よう建てへんし,しゃあない」。市から高齢者に年1回金一封がもらえる。今年ももうすぐだろうか。4月に手術をしたので,体調はまだもうひとつ調子ええことない。今も毎月通院している。高血圧の薬も飲んでいる。夕食はいつも弁当屋が持ってきてくれるので,自分では作らない。

・70代女性。須磨区で全壊。被災時は文化住宅に住んでいた。知人が住んでいた長田区の市営住宅に住まわせてもらった後,西区の仮設住宅で4年以上を過ごした。仮設住宅には最後までいてここに来たので,この復興住宅に入居して14年になるが,竣工当初から入居した中では,みんなより遅れた。ここには慣れた。(同じ被災者同士ということで)ここでも助け合って生きてきたのだけど,今この住宅に入ってくる人は…。若い人は仕事に出て行くので,いつも住宅にいるのは年寄りばかり。被災者としてはじめから入居した人の中には,子どもと同居したり,施設に入ったりして,もう出ていっている人も多い。今は家賃を少し滞納しただけで追い出される人も。以前からの仕事を今も少ししている。よく出歩く。

・70代女性。長田区で全壊。被災時は文化住宅に住んでいた。長くゴム製品の工場で働いていた。被災当時はまだ若く,優先されなかっかため,仮設住宅には入れず,市外へ移って4年過ごした後,この復興住宅へ入居して14年。(被災者でない住民の中にはトラブルにならないよう)物も言わないようにしている人もいるが,何軒かは付き合いしている人も。「市住いうたらええことない」。足が悪い。医療費が大変で,病気したら困る。ここから比較的近い病院で手術を受けたことがあるほか,外科は,かつて住んでいたあたりの医者も通っている。<「ご飯の準備してますから…」と切り上げ。玄関前でお話し伺い>

・60代男性。兵庫区で全壊。近くの学校の避難所に行ったが,子どもが小さかったので,母方の実家へ。母が亡くなり,入院中であった父の面倒を見る人がいなくなったので,神戸に戻ってきた。仮設住宅は六甲アイランド。この復興住宅に入居して7~8年。家賃が高いので困っている。働いているところから取られていくので,何も残らない。配送の仕事をしていて,このあたりでも仕事があったときは,この近くにトラックをもってきていたが,今はなくなってしまい,トラックを置いている場所まで,玄関に置いてある単車で40分かけて通っている。もう年なのでつらい…。

・70~80代女性。須磨区で半壊。借家だったので,住民はみな出された。近くの学校の避難所では,寝るとことはちゃんとあった。仮設住宅は,西区の大規模なところで,4年ぐらいいた。一番端っこだったので,好きなことをさせてもらっていた。今,困っていることはない。膝が悪く,急に歩けなくなったところ,たまたま上の階の人が通りがかって,近くの病院に救急受け入れを頼んでくれて助かった。<「具合悪いので…」とのことで短時間で切り上げ>

・60代女性。被災時は明石市にいた。家に被害はなく,ケガした人もいなかった。水道が止まったが,建物の上にタンクがあったおかげで,水をもらいに行かなくてよかった。電気なども大丈夫だった。仮設住宅が近くにできたことを覚えている。この復興住宅に入居して5年。ここにはけっこう慣れた。近隣はみな親切な人。以前生活していたあたりへ出かけるとお金がかかる。眼科に通うほかは特に身体に悪いところはない。

・50代男性。震災の時は西区にいて,特に被害はなかったが,一時水道が止まって,水をもらいに行ったことはある。この復興住宅に入居して13年。特に不便はない。会社員で土曜日も仕事に行くことが多いが,今日は休み。子どもは学生と社会人で,ここで育った。

・80代女性。足が悪い,痛い。少し先のスーパーまで行けば色々なものがあるが,行くのがエライ。住宅入り口近くのコンビニへ買い物に行くところで,「要るものあったら…」と,隣の方にお声がけ。<隣室の前の廊下で出会ったところでお話し伺い>

・70代男性,一人暮らし。被災者ではないが,この復興住宅へは申し込んだらスッと入れた。ほとんど毎日,介護保険によって介護を受けていて,今日もヘルパーに入ってもらっている。<「歩行困難なので…」とのことでインターホン越しに応答>

・70代男性。昔のことは覚えていない。ここの生活には慣れた。外出などはあまりしない。身体悪いところは特にない。<ドアを少し開けて応答。話をするのがつらそうなので短時間で切り上げ>

・少女。留守番中。学校で震災のことについて教わっているが、どんなことかと聞かれると「わからん」。親からも聞いていない。<インターホン越しに応答>

・80代女性。この復興住宅へは出来てすぐ入居した。足が悪い,痛い。耳が遠いので…。<階下の郵便受を見にいって戻ってこられたところへお声がけ>

・70~80代男性。灘区で被災。今,困っていることはない。震災の時のことについて訪ねると「いいです。はい。」<ドアを開けて応答>

・60~70代女性。ここで花を作らせてもらっています。<住宅脇で草引きをされているところにお声がけ>

・60~60代女性。(今お困りのことは?)「はい,大丈夫です。」<インターホン越しに応答>

・70代男性。「今,妻がいないので,改めて来てほしい。」<ドアを少し開けて応答>

・70~80代女性。「ちょっと風邪引いて寝てます。」<インターホン越しに応答>

・60代女性。「今,出かける準備してたとこなので…。」<ドア奥から応答>
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テーマ : 神戸
ジャンル : 地域情報

tag : 訪問 ボランティア 支援 阪神淡路大震災 神戸 復興住宅 傾聴 垂水

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お問い合わせ、ご相談、参加申込などの
メールはこちらからどうぞ。

メールお待ちしています。


当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

ご案内とお誘い
 
1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



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