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第16(新生141)回訪問活動 (2013/07/28) レポート 〈都賀川豪雨水害から5年〉

廊下:筒井住宅3号棟毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧下さいまして,まことにありがとうございます。

神戸・週末ボランティア 新生では,昨27日に続いて本日も「今、改めて「都市型災害」を神戸に聞こう!」とのテーマのもと,復興住宅訪問活動を行いました。
 

案内でも触れましたが,近代・現代に限っても神戸は,阪神大水害(1938年7月3~5日)のほか,戦後の高度成長期においても2度の大きな水害(1961年6月24~27日、1967年7月9日)に遭っており,今なお少なからざる人々のの記憶に刻み込まれています。

7月28日は,都賀川豪雨水害から5年になります。今年も悲劇を忘れないようにと,慰霊行事が行われました。ここで改めて犠牲者の冥福をお祈りし,悲劇を忘れず教訓を活かすべく尽力されている方々に敬意を表したいと思います。

「ゲリラ豪雨」という言葉を広めることになったこの悲劇も,いまだ生々しく記憶されるところで,また,犠牲者の遺族や親しい人にとってはこの先も決して忘れることができないものでありますが,この日「お話し伺い」をさせていただいたところからは,とくに話題に上るものではありませんでした。

これまで大小さまざまな災害を経験された方からすれば,これは「大事」ではなく「小事」とされているのかとの印象を受けました。長い歴史の中ではやがてそうした評価が定着してゆくことでしょう。

犠牲者の周りの人や,被災当事者にとっては忘れ得ないものであっても,同じ,もしくは近い,地域に暮らしながらも,当事者・周辺者ではない市民との「温度差」があるものと感じました。

忘れないことが大切なのは,教訓を引き出すためで,防災・対策のあり方が,教訓を引き出すことと,感情論におもねて,利権や治安のために,利用することとは,全く別なものであって,そうした点からも,言説の取扱いは,現状に鑑みて,理性に基づいた,最大限の注意が必要です。

以前にも一度触れましたが,その方法・態度のあるべき姿はまさに“ cool head but warm heart ”です。

今回も,予定の時間ではおさまりきれないほど,充実した「お話し伺い」を実現できましたに感謝いたします。あわせて,お待たせし,遅くにお伺いした方に,お詫び申し上げます。


この日伺ったところの概略です。

・70代男性。夫婦2人暮らし。長田区で全焼。1階で寝ていたが,2階の屋根に穴が開いて雲が見えたので,脱出できた。家財も全部焼け,パジャマ1枚で2人で逃げ回った。ケガひとつなかったのが幸いと思わないと…。いったん避難した後,戻ってみたところ,近隣では,倒壊した家の下敷きになった奥さんを,近所の人が5~6人集まって助け出そうとしたが,火の回りが早く,迫ってきたので,救出できないまま逃げなければならなかったことが心残り。近くの小学校に避難したが,同じ長田区でも被害を免れた娘宅へ。身を寄せることが出来た。水が出るところまで下りていくのが大変だったが,学生?のボランティアが,水汲みを手伝ってくれたので助かった。仮設住宅は六甲アイランドだったので,不便だった。この復興住宅へ入居して15年。格差社会の中,どないして生きていったらいいものか。年金は減らされ,老人は早よ死ねといわれているみたい。震災後すぐ病気になった。何とか人に迷惑かけないように生きている。シンプルにしている。住宅に隣接している工場からの音がうるさい。騒音が真っ正面から入ってくる。工場のエアコンが部屋のすぐ側にあり,早くからつけられている上,土日も工事の音がする。我慢するしかない。他の復興住宅ならそのようなことはなかっただろうが,文句言っても…。数年前,住宅隣接地から異臭が発生したとき,何か言われたらそうかなと言うぐらいで,そんなに臭わなかった。その後のマンション建設工事の騒音がうるさく,体調も悪かったので,そちらの方がこたえた。4月13日の淡路島を震源とした地震の時は「よう揺れた」というくらい。被害やケガなどはなかったは,3ヶ月半過ぎた今も,壊れた家がそのままになっているのが痛ましい。半壊判定などでは,修理に補助が少なくて大変だろう。心配なのは地震で,それを思えば雨・風・水害などは心配ないが,津波は…。戦争中は田舎に疎開していたので,神戸空襲は経験していないが,遠くから見た姫路の空襲が花火のようだった。戦後,焼け野原の神戸に帰ってきて,えらいことになってると思った。ここにいたらどう逃げていいものかと。歩くのが好きで,よく山に行った。六甲山も5~6回縦断した。今も1時間~1時間半ほど歩くようにしているが,今日は身体を休めている。自転車も毎朝の散歩に利用。長く長田で生活していたので,便利で静かなところをよく知っている。<室内に上げていただいてお話し伺い>

・80代女性。長田区で全壊。2階で夫と寝ていて,床が抜けたが,下にいた息子は押しつぶされずに助かった。近くの小学校に避難,小学校なので,ラジオ体操もしていた。2階の,最も広い,図書室にみんないた。支援物資は行き渡り,寝るところも確保できた。弁当の支給のほか,炊き出しもあった。慰問に来ていた俳優が,当時小さかったが,後にNHKの朝ドラに出ていたのを覚えている。兵庫区まで風呂をもらいに行ったことも。加古川市の仮設住宅に2~3年過ごした。この頃は,体操や踊りなどをしていた。ラジオ体操をしている人もいた。この復興住宅に入居して16年。同じ仮設住宅からこの復興住宅や,近くの他の復興住宅に来た人が何人かいるが,そうした仲間内で亡くなった人も。被災時病気だった夫は亡くなり,娘も嫁いだため,今は一人暮らし。数年前に隣接地から異臭が発生したとき,大丈夫だった。4月の淡路島を震源とする地震の時も大丈夫だった。腰を悪くし,神経を痛め,長田にいた頃からのかかりつけの所に長年通院している。長年体操などをしてきたが,あまりよくならなかった。外出時は杖ではなく,押し車を使用。住宅から国道を渡ったスーパーに,安くて広いから,よく幾。眼も悪い。歯医者は,交通費がたいへんだが,仮設住宅にいた頃からのかかりつけの所に通っている。小さい頃に遭遇した阪神大水害では家を流された。神戸空襲では,近くに焼夷弾が落ちて焼けた。<玄関前で押し車に座りながらお話し伺い>

・80代女性。中央区で半壊。近くの学校に1~2日避難したところ,みんなよくしてくれた。被災時に住んでいた市営住宅に,修繕してもらって住み続けたが,老朽化による建て替えのため,すぐに当たったところに移転したら,民間からの借り上げ復興住宅だったので,再度の移転を余儀なくされ,この復興住宅へ入居して2年近く。ここは地元だが,ちょっと寂しい。引っ越し代の補助はあったが,もらえたのは何ヶ月か経ってから。足が痛くならない程度に歩き回る。杖はもっているが,使わないようにしている。戦争の時は,大阪の工場に勤労動員された。淡路島を震源とする地震があったときは,何も気付かず寝ていた。ものも落ちてこなかった。息子がちょくちょく来てくれ,何かあったらすぐ電話できるので,何も困ったことはない。

・80代男性。中央区で全壊。地震の時は三田へ仕事に行っていたので無事だった。被災後3年ぐらいで,この復興住宅に入居。いつもこの時間帯は昼寝している。今日は風があるので涼しいが,普段はもっと暑い。急にインターホンが鳴ったので出ようとしたら足がもつれて…。しんどいので寝るわ。<ドアポストに残っていた予告ビラを示しながら訪問の趣旨を説明。時間をかけて玄関までおいで下さってのお話し伺いだったが,早めに切り上げ>

・70代女性。夫婦2人暮らし。中央区で全壊。近くの学校に避難した後,中央区内の仮設住宅へ。仮設住宅では,周囲の人が出ていったあと,後片付けをして,最後に出た。この復興住宅へ入居して14~15年。「何でもみなお困りさ」。買い物は自分で行く。被災後の生活環境の厳しさや疲労,ストレスから,体調が悪くなり,とくに目が悪くなった。大阪の病院まで通っているが,この近くでも,電車の乗り降りが怖い。数年前,隣接地で異臭が発生したとき,ちょっと頭が痛くなったが大丈夫だった。

・80代女性。中央区で被災。神戸で生まれ,長くこの近くで暮らしてきた。戦時中は疎開してちょっと遠いところにいたことも。不便なことや困ったことは別にない。「夫が呼んでくれるまで(1人で頑張って生きていく)。」

・70~80代女性。「現在はデイサービスを受けていて,ヘルパーにも来てもらっています。」<インターホン越しに,玄関ドアを開け,アルミ製よろい戸の向こうから応答>

・30~40代女性。「今のところ困ってないので(ボランティアは)必要ないです。」<インターホン越しに,玄関ドアを開け,アルミ製よろい戸の向こうから応答>

・60~70代女性。「(ボランティアは)必要ないですけど…。」<インターホン越しに,玄関ドアを開け,アルミ製よろい戸の向こうから応答>

・70代男性。「今忙しいので…。とくに困っていることや,話したいことはない。」<インターホン越しに応答>

・70~70代女性。「今のところ大丈夫です。」<一部開放されたドア奥から応答>

・70代男性。「妻の状態がよくないので…。」<玄関ドアを開けて応答>

・70代男性。「具合悪い。今救急車を呼ぼうかと思ったところ…。」

・70代女性。「せっかくですけど,うちの方はいいです。」

・70~80代女性。「結構です。」<ドアを開けて応答>

・60代女性。「結構ですわ。」
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tag : 訪問 ボランティア 支援 阪神淡路大震災 神戸 復興住宅 傾聴 都賀川

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お問い合わせ、ご相談、参加申込などの
メールはこちらからどうぞ。

メールお待ちしています。


当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

ご案内とお誘い
 
1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



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