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第14(新生139)回訪問活動 (2013/04/14) レポート〈仮設・復興住宅訪問通算581回〉

1365914851796-s.jpg毎度「役立ちと学びのネットワークThis is 神戸・週末ボランティア」をご覧下さいまして,まことにありがとうございます。今2013年1月に始めた,不定期でささやかな活動となった神戸・週末ボランティア 新生ですが,既にご報告しましたように,前回,4月13日の復興住宅訪問活動は,週末ボランティア(旧)が取り組みを始めて以来,通算600回目の支援活動となりました。これまで協力していただいた,すべての皆さんに感謝いたします。
3月に続いて4月前半も集中的に取り組むこととし,2週目の週末にも土曜日・日曜日と続けて行うことにしました。4月に入ってからも,忘れない、寄り添う、「息の長い支援」は神戸に聞こう!のテーマのもと,3月にパワープレイ~ヘビーローテーションを敢行した地平に踏まえ,訪問活動を続けることとしました。

前日同様,陽気・好天が続いた中での訪問活動ですが,前日早朝の地震のお見舞いの姿勢を忘れず寄り添うことを,心がけました。

すっかり馴染んだ感もある,日曜日の訪問活動ですが,やはり,土曜日と日曜日とでは,伺える状況に違いがあることも,踏まえなければならないでしょう。そして,それぞれにあわせたお話し伺いのあり方が,求められることも然りです。

今回は,この間掲げてきたテーマならではのお話しをたくさん伺うことができました。その中でも,震災時,救援や支援に活躍しながらも,その後身体をこわしたり,高齢になったりした方々,ただ「自助努力」を要求されてきた世代の方々から伺ったお話しは,とりわけ重みのあるものでした。こうした,長期化する中で,生じ深化する問題の何たるかを,何より語っているものにほかなりません。

この日も,お部屋に上がらせていただいての,長時間にわたる,充実したお話し伺いを,たくさんさせていただきました。また,自身でシートに記入された方も目立ちました。休日を利用して介護に来られたご家族の方のフォローのもとで伺ったり,寝たきりに近い状態での布団の側で伺ったりといった状況にも,多く接することとなりました。いずれもお話し伺いが,一定の負担になったり,その方法の限界を示唆するものと,言わねばならないでしょう。ともあれ,まだ今だからこそ,辛うじてできたという面がある以上,その機会の貴重さを,改めて感じるものでした。

こうした状況に,真っ正面から向き合い,それを伝えてゆくことが,この訪問活動の重要なミッションと言わねばならないでしょう。

そして,震災を経験した人も,そうでない人も,今の神戸が,こうした犠牲の上に築かれていることを銘じ,忘れないでいただきたいものです。

前日同様この日も,予定より2時間を超えての終了となり,遅くにお訪ねした方には,失礼・無礼をお詫びしなければなりません。

1月に始めた,神戸・週末ボランティア 新生の復興住宅訪問活動は,今回までに460戸余を訪問させていただきました。これは,昨年1年間の旧グループの訪問戸数に匹敵するものであるのみならず,内実においては,むしろしのぐものであるといえるでしょう。これも,参加・協力して下さったみなさん,訪問を受け入れ,お話し伺いに応じて下さったみなさん一人一人のおかげと,改めて感謝する次第です。

集中的な活動は今回までとしますが,夏季までに,この神戸市営筒井住宅の未訪問のお宅に,順次お伺いする予定です。これからも,引き続きよろしくお願いいたします。


この日伺ったところの概略です。

・70代男性。中央区で半壊。民間マンションで特優賃を利用して住んでいたが,安かった家賃も年々上がり,蓄えも減っていった上に,病気になってからは階段を上がれなくなってしまった。市営住宅を早くから申し込んでいたが,8年目,16回目の申込みで,やっと昨年この復興住宅へ入居。もう慣れてきた。震災時は,消防団員だったので,早朝から消火活動にあたったのに始まり,避難所の設営・運営や物資の配給など,何日も不眠不休で,救援・支援活動にあたった。困った人や出来事にあって,人間の本性が現れていると感じたことも。消防車で火災現場に向かう一方,水を求めて長くホースを伸ばしていたら,その上を車が通って,ホースが破裂して使用不能になったり,ひとつ消してまた次へと,放水消火を繰り返して廻っているうちに,消防車がガス欠になってしまったことも。いったん消したり,火が出ていなかったところでも,電気の火花で発火したところもあるなど,鎮火させたのは,翌日未明の2時か3時頃だった。何も食べないまま丸1日以上出動したままで,詰所で少し休んだ後,2日目は食糧や水の配給に。310世帯分確保しなければならず大変だった。それなのに何人分ももらっていこうとする人や,飲料水をトイレを流すのにもらっていこうとする人がいた。妻が救急車で大学病院に行ったら,東京からボランティアに来た女子学生が,血も出ていないのに大げさに,転んで頭打ったと言って診てもらっていた。被災して負傷して待っている人がいるのに…。ずっと救助や支援に携わっていたらフラフラしてくるようになったので医師に診てもらったら,ずっと高血圧が続いていると言われたので,帰って休んだが,それ以来治らないままとなった。9年前に脳梗塞に。開業医にもらった薬では血圧が下がらなったため,息子に総合病院に連れて行ってもらったら,待っている間に倒れ,半身不随に。転院したが長期のリハビリは出来ず,帰宅してデイサービスを利用するようになった。外出には電動車イスを使用。フル充電に5時間かかる。ひっくり返りそうで,道路の傾斜が怖い。路肩駐車の車を避けるのに困る。ヘルパーに家事を頼むにしても時間が限られているので「いっぱいいっぱい」。食事の準備をなるべく簡単にしたり,ゴミの分別などを自分でするなど,何とか工夫してやっている。一人暮らしをしていると,自立しているとみなされ,必要な介護が受けられない。一方で自分より元気な人が介護を受けているのに…。昨日の地震では,グラグラ揺れて気持ち悪かった。ケガや損害はなかったが,エレベータが止まって困った。管理会社に電話してみたが,ひっきりなしにかかってきて対応が追いつかなかったのか,閉じこめられた人がいるところを優先したのか,昼までかかった。
「(今お困りのこと,心配なことは?)墓参り,塵出し,衣服のほころび,手足の爪切り・逆剥け。同窓会の電車。行き帰りの乗り入れや乗り換えなど,出来たら行ける。参加したい! 病院の遠いところや,病院内の広いところで歩くのが無理。何せ年金生活なので,国民年金から介護保険,後期高齢者の健康保険を引かれるので,(介護サービスを利用するのに)なかなか自費負担では無理です。介護タクシー30分で3500円。これを過ぎると又3500円アップ。エレベーターが動かないときの介護。」<お部屋に上げて戴いてお話し伺い。自身でシート記入>

・80代女性。中央区で全壊。古い家なので倒壊してしまい,下敷きになって,気が付いたら警察のベッドに寝かされていた。西区の仮設住宅へ。お話し伺いのボランティアが廻ってきたような記憶はない。阪神大震災関係の本にコメントしたいるのがあり,もらってそのまま大事においている。この復興住宅に入居して10年くらい。ここに当たってから,ありがたい事に,困った事はほとんど何もない。数年前に隣接地から異臭が発生した時は,長期入院していたので判らない。昨日早朝の地震の時は,犬の散歩に外出していて,犬が地震でビックリしていた。エレベーターが止まって,車イスではあがれず,家に戻るのに11時までかかった。足が冷えたりしたが,それは大丈夫。だが,めったに引かない風邪を引いてしまった。
「昨日の事,犬の散歩をしに逝った時,住宅内ですが,地震が起きてエレベーターが止まってしまって…家まで帰れなくて(車イスで移動している)ので,近所の人々がいろいろ手だすけして下さって,本当に助かりました。この住宅の人は親切な人が多くて本当にありがたい事が多い所で,本当に助かりますよ。この日も…我が家まで階段を上って行くしかないと思い,足が悪い私ですが,ボツボツ上ろうとした時も…後から助けて下さって,本当に助かりました。私は,足が悪くて車イスで移動していますので,不べんな事もお多いですが,よくこの住宅内では助けられます。」<予定時間より大幅に遅れて訪問。お部屋に上げて戴いてお話し伺い。自身でシート記入>

・40代男性。中央区で半壊。ケガなどはなかった。被災後は家の前に寝泊まりしていた。近くの市営住宅の支援物資をもらいに行ったりした。2~3日すると高熱が出たが,医者に診てもらえず,医療ボランティアから風邪薬をもらっただけだった。それでも他の人よりマシ。ガスが出ない間は練炭を家の前で燃やしていた。6時間ぐらいはもった。5日ほどで仕事行くようになり,そこでも入浴できたが,北区の職場に行くのが大変だった。水には困った。配管が壊れ,1~2週間,水道が使えなかったので,井戸水をわかして飲んだり,入浴に使ったりした。水道が使えるようになってからは,石油ボイラーを使って,入浴できるように。一度にたくさんは入れなかったが,一般の人にも入浴してもらった。この復興住宅に入居して2年だが,元もとこの地域に長く住んでいる。近所づきあいはあいさつ程度だが,同じフロアの人は知っている。被災時に住んでいた家はまだ残っている。昨日の地震は怖かった。揺れが長く,気持ち悪い感じだった。阪神淡路大震災を思い出した。気付いて起きたのは両親だけで,子どもは寝ていた。震災の時は,交代制の仕事に入る直前だったので起きていたが,眼鏡を近くにおいていたが,落ちてきたものが散らかってきたものに埋もれた中で探すのに手間取ったのを教訓にして,すぐ手が届くところにおくようにしており,それが今回活かされた。

・80代女性。中央区で全壊。水屋(食器棚)が倒れてきて足から出血,近くの病院へ。2階建ての1階がつぶれて落ちた状態になったので,窓から出入りした。避難所には入れず,近くの公園でテント生活をした。近くの会社で入浴させてもらった。被災当時60代で,避難所や仮設住宅の入居で優先されなかったが,色々してもらえた。西区の息子さん宅へ連れて帰ってもらった。ポートアイランドの仮設住宅d1年以上過ごした。ネズミが糞をするなど汚かった上,すきま風も大変だった。どうにかしてそこから仕事に行っていた。この復興住宅に入居して15年。なかなか当たらず,市会議員に言ったりもした。ここでの生活には慣れた。足が痛いので,家では寝ていることが多いが,寝たきりではない。週3回デイサービスでちゃんと入浴できて,足をちゃんとしてくれる。昨日の地震のときは「ごっつう揺れた」。ベッドにいたが大丈夫だった。近くに住む長女が電話をくれた。孫もよく泊まりに来る。週末は息子が泊まりに来てくれ,ごはんも作ってくれる。誰かが来てくれるからありがたい。心配なことはない。<息子さんが来てくれている中,ベッドの側でお話し伺い>

・70代女性。灘区で被災。住んでいたマンションが道沿いで大変だった中,管理人夫婦の夫が亡くなった。夫は仕事に出ていたので,自分一人で避難所へ行ったが,寝られなかったので家に帰ってきた。身内宅に身を寄せた後,東灘区の仮設住宅で3年過ごした。この復興住宅に入居して14~15年。ここは眺めも良く,買い物にも便利。最近は病気であまりで歩かず,人にも会わない足が痛く,長時間立っているのがつらいが,少し運動するにはいい。夫も身体をこわしているが,お互い助け合っている。娘も世話してくれる。数年前に隣接地で異臭が発生したとき,異状はなかったが,その後マンションが建ってから風が強くなり,ベランダや廊下にプランラーを置けないほどに。昨日の地震は,ケガや被害はなく大丈夫だった。<御主人が丹精しているプランターが置かれている玄関前でお話し伺い>

・80代男性。中央区で被災。それまで住んでいた市営住宅の建て替えで,この復興住宅に入居して5年。震災の頃は,スーパーの警備の仕事をしていた。よく働いて金もあった。震災後は,オーナーの一言で,遠方からバスで従業員を集めたりして,24時間体制で臨み,若い店長も,地元のためにと必死でやっていた。トラックに満載した品物もすぐに売り切れた。震災の時の記憶といえば,トイレの水に困って,生田川まで汲みに行ったこと。妻が震災後しばらくして病気がちになり,歩けなくなりものも言えなくなる中,介護を続けて,2年前に最期を看取り,今は一人暮らし。足は達者で身体は丈夫だが,耳が遠い。血圧も高く,薬を飲まないと手が震える。昨日の地震では,別にどうということはなかった。ベッドの上で起きていて,すぐにNHKのニュースを見た。

・70代女性。長田区で全焼。被災後は,近くの学校の避難所ではなく,知人の会社へ避難。西区の仮設住宅で3年過ごした後,大阪でさらに避難生活を続けた。仮設住宅では,訪問ボランティアが来て,助けてくれたことも。壁の隙間から人が通るのが見えるようになって,とくに2年間ほどは大変だった。この復興住宅に入居して15年。自分たちは被災したとき,おとなしい人ばかりだった…。仮設住宅や復興住宅が建つのがもっと遅くなるだろうから,東日本大震災を思ったらまだよかった。阪神淡路大震災の頃はまだ若かったが,今はもう…。この頃は出かける元気がない。数年前隣接地で異臭が発生したとき,臭いは気にならず,異状もなかった。2年前同じ住宅で火災が発生したとき,気付かなかった。前日の地震ではとくに損害なし。

・60代女性。長田区で全壊。周りは焼けた。一度は出ることになった壊れた家に,解体するまで住んでいてもいいと言われて戻った。不便なところしか当たらないので,仮設住宅には行かず,住宅を探してあちこち廻った。3回目の抽選で当たり,この復興住宅に入居して15年。被災当時7人家族で暮らしていた。震災時4人の娘は皆中高生。学校が長く機能停止になったため,一時自宅待機になり,先生が尋ねてきてくれた。交通が不便で,通学が大変だったときも。イジメなどなく,健やかにすくすく育ってくれた。今は独立しているが皆近くにいる。数年前隣接地で異臭が発生したとき,家の中はほとんど臭わなかった。外は少し臭ったが…。皆異状なかった。昨日の地震では,下の階でも揺れたので,上の階はもっと大変だったろう。

・80代女性。中央区で被災。ポートアイランドの仮設住宅を経て,この復興住宅へは最初の頃に入居。当初は周囲に誰もおらず,入ってきてからもしばらくは淋しかった。デイサービスの人が色々してくれる。この復興住宅では,皆親切で良くしてくれている。中には,ありがたみを忘れている人がいるのが気がかり。膝が悪く,風呂に行って治す。さすっていて気持ちいい。もともと体操が好きで,よくしていた。医師にはボチボチ歩くように言われている。脚以外に悪いところはない。歩けなくなったときのことが心配。<予定時間より大幅に遅れて訪問。ドアを開けて応答>

・80代男性。中央区で被災。近くの小学校に避難,寝るところや物資はあった。住んでいた市営住宅の建て替えのため,この復興住宅へ入居して5~6年。2年近く前まで仕事をしていた。1年ほど前から腰や足を痛め,足が前に出なくなり,今は全然歩けなくなってしまった。それまでは自分で歩けたのに…。加齢による自然なものだという。寒くなくても布団に入っている。病院から薬をもらい,ヘルパーに来てもらっている。昨日の地震は大丈夫だった。心配ごとは特にない。ここにはまあまあ,十分満足。<お部屋に上げて戴いてお話し伺い>

・60~70代女性。中央区で全壊。近くの学校に避難,北区の仮設住宅では,冬は寒かったが,夏は涼しかった。この復興住宅へ入居して15年。娘や孫が近くにいるので助かっている。昨日の地震は怖かった。ここへ来て初めての地震なので。数年前隣接地で異臭が発生した時は,仕事に行っていて在宅時間が短かったため,身体に異状はなかった。<予定時間より大幅に遅れて訪問。玄関前でお話し伺い>

・60代女性。兵庫区で全壊。この復興住宅に入居して15年。被災当時はまだ若く,優先されなかったため,仮設住宅は遠いところしかなく,大学生と中学生だった子どもたちの学校や,交通費などが心配だったので,夫の勤め先があった尼崎に。玄関先でお話しを伺っていたところ,御主人が後から出てこられ,ボランティアの活動趣旨などを聞かれた。

・60代女性。中央区で全壊。家族とも誰もケガはなかった。近くの小学校に避難,仮設住宅で3年ほど過ごし,近くの公団住宅に何年か入ったが,数年前にこの復興住宅に。隣接地で異臭が発生したときのことは,あまり覚えがなく,判らなかった。ここは臭わなかった。昨日の地震ではとくに何もなかった。このままここに居れるのか心配。

・60代男性。中央区で全壊。この復興住宅に入居して15年。「何事につけても「さわぎすぎ」。早く忘れてしまいたい事ばかり。天災は人間ではどうしようもない事。人災ですら何も出来ないのに!! 異臭の件は別に気にかける事もなかったですよ。」<自身でシート記入>

・80代女性。中央区で被災。この復興住宅に入居して7年。「今はデイサービスで毎日楽しい生活してます。見守り推進員,ヘルパー2人も来てくれて幸せです。隣の方とも,こまった時は電話します。皆様のおかげで有難う。」<自身でシート記入>

・20~30代女性。(心配なことやお困りごとはと尋ねたら)「あ~,ないです。」<予定時間より大幅に遅れて訪問。ドアを開けて応答>

・70代?女性。昨日の地震では,電気が止まったり電灯の笠が落ちたりしたが,直したので大丈夫。<ドアを開けて応答>

・60~70代女性。「すみません。断ります。」<予定時間より大幅に遅れて訪問。インターホン越しに応答>

・80代?女性。「具合悪くして寝てます。またの機会に。」<ドアを開けて応答>

・30~40代女性。「今忙しいので…。」<インターホン越しに応答>

・空室。表札はあり。1月に立入検査の上鍵交換をした旨の張り紙。
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tag : 訪問 ボランティア 支援 阪神淡路大震災 神戸 傾聴 復興住宅 淡路島 地震

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お問い合わせ、ご相談、参加申込などの
メールはこちらからどうぞ。

メールお待ちしています。


当ボランティアは、2016年7月23日、
仮設・復興住宅訪問通算650回をむかえました!

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1回だけでも、初めてでも、お気軽に

神戸・週末ボランティア 新生は、復興住宅への訪問活動を行い、阪神淡路大震災で被災された方からの「お話し伺い」(傾聴ボランティア)をしています。

詳細は随時紹介します。

☆新聞で紹介されています☆

産経新聞 神戸版 2014.3.23
「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体 HPで問題共有
「時間重ねて見える問題も」「復興住宅訪問600回へ 神戸のボランティア団体

神戸新聞 神戸版 2014.3.23
住民の悩み聞き続け 神戸・週末ボランティア 新生 「将来の一助に」 復興住宅訪問、仲間募る

毎日新聞 神戸版 2014.3.23
「神戸・週末ボランティア新生」、被災者訪問30回目/兵庫

産経新聞 神戸版 2010.11.28
若者にも被災者支援の輪 神戸市民グループ「週末ボランティア」

当ボランティアは、2014年3月30日、
仮設・復興住宅訪問通算600回をむかえました!

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類似名称を用いているものにつきまして、2013年以降、神戸・週末ボランティアに(代表:東條健司)などの追記をしたものは、1995年に活動を始めた「神戸・週末ボランティア」及び当〈新生〉とは関係ありません。



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